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2017年8月 9日 (水)

全国障害者問題研究会 第51回全国大会九州・鹿児島2017

8月5日(土)鹿児島市で開催の「全国障害者問題研究会 第51回全国大会九州・鹿児島2017」の全体会に来賓として出席しました。壇上の席が構えられるものではなく、来賓紹介は速報第1号にて紹介されるものだったので、気楽なものでした。

全体会は宝山ホールで行われましたが、台風5号接近のため、その後に開催予定の総会や分科会、学習講座は延期や中止となりました。当初の参加予定者は2,000名だったそうですが、キャンセルもあって1,800名ほどになったそうです。

 

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 それでも、こんな天候にもかかわらずたくさんの方でホールはいっぱいになっていました。中止になってしまった分科会にも154本のレポートの提出があったそうで、その分厚いレポート集に、大会テーマの「ネクスト50ー発達保障のバトンをつないで」の思いが詰まっている気がしました。全障研は、創立して50周年を迎えており、これからの50年を目指しての取り組みをつないでいこうという大会です。

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 全体会は、「親子がつながる遊び歌」で始まり、開会行事、基調報告、重点報告、文化行事、記念講演とプログラムが進められました。来賓は、上手側の前から2列目に席を用意してくださっていましたので、それらのプログラムを十分に受け取ることができました。特に文化行事は、青年たちの夢や未来を拓いていく想いにあふれたステージで、感動しました。コメディアンの松元ヒロさんによるひとり芝居「憲法くん」の、笑いの中にもするどい批判精神に満ちたパフォーマンスにも惹きつけられました。

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来年は、埼玉県川越市で開催されるそうです。今年のレポートが地域で読み込まれて次回につながれることを願いつつ会場を後にしました。

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(文・写真/全通研理事 窪田麗子)

2017年7月28日 (金)

2017年世界手話通訳者協会(WASLI)理事会に出席してきました

 715日(土)、16日(日)に開かれたWASLI理事会と、引き続き開催された第3回ラテンアメリカ手話通訳者会議(WASLIパナマ会議2017)に出席するため、長崎国際部員と2人でパナマに行ってきました。

 日本とパナマは14時間の時差があります。行きはマイナス、帰りはプラスなので、713日の午後2時過ぎに成田を出発したのに、パナマには同じ13日の夜7時半に着きます。逆に、帰りは19日午後4時過ぎにパナマを出発、成田に到着するのは21日の朝6時半。時間の感覚がなくなってしまいます。自宅に帰りつくまで30時間くらいかかった上に昼夜逆転なので、時差ボケで頭が少し朦朧としています。

 パナマは雨期の真っ最中ですが、想像していたような定期的なスコールではなく、朝からしとしと降ったり、ざーっと降ってすぐにやんだりという感じでした。気温は2829度くらいでそんなに暑くはなく、大阪や京都に比べると過ごしやすいのですが、湿度が高くホテルでの洗濯物が全然乾かずに苦労しました。

 ジカ熱や黄熱病が心配され、虫よけスプレーとムヒと蚊取り線香をしっかり荷物に入れましたが、一匹の蚊にも出会わず、熱帯にいそうな大きな虫にも遭遇せず、かなり快適に過ごしてきました。ジャングルに行かなければそんなに危険はないようです。

 

<理事会>

 15日の朝845分から2日間の理事会が始まりました。出席者はデブラ・ラッセル(会長、カナダ)、ジョゼ・エジニウソン(副会長、ブラジル)、イサベル・ヘイエリック(事務局長、ベルギー)、スーザン・エマーソン(会計、オーストラリア)、リズ・メンドーサ(北米代表、アメリカ)、アンジェラ・マーレイ(南洋州オセアニア代表、ニュージーランド)、梅本悦子(アジア代表、日本)、ナイジェル・ハワード(ろう通訳アドバイザー、カナダ)の8名です。

その他、スカイプ参加がイサベル・レイ(ラテンアメリカ代表、ペルー)、クリストファー・ストーン(ヨーロッパ代表、イギリス)で、デサンカ・ジジック(バルカン代表、セルビア)、ナターシャ・マリコ(アフリカ代表、南アフリカ)、アンナ・コマロワとイゴール・ボンダレンコ(ロシア・コーカサス代表、ロシア)は欠席でした。

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 (前列左から:デブラ、スーザン、悦子、リズ

  後列左から:イサベル、ナイジェル、ジョゼ、アンジェラ)

 

 いつも会議は英語で行われます。今回は、ろう通訳者のナイジェルが参加していましたので、音声言語は使わず国際手話で会議をすると言われました。「えーっ!そんな…。」私は国際手話ができません。そこで「ろう者に公平な参加を保障するのは当然。私が国際手話を学ばなければいけないのも理解している。しかし、いま私は音声英語がなければ会議に参加することはできない。公平な参加保障というなら、私には英語で伝えてほしい。英語も国際手話もできることを理事の条件とすることは厳しい。特にアジア地域代表は引き受け手が非常に限られる」と抗議し、私には誰かが英語通訳をしてくれることになりました。それでも大変なことに変わりはないのですが、なんとかヤレヤレです。

 理事会は、昨年の理事会報告の確認から始まり、会長以下3役の活動報告、各地域理事の報告と会議は進んでいきます。日本でも遠隔手話サービスが事業として行われるようになりましたが、理事会でも3D画像(アバター)を使った通訳の拡大について話題になりました。すべてを拒否するものではないけれど、例えばコミュニケーション場面では使わないなど使用範囲を決める必要があるのではということで、世界ろう連盟(WFD)と協議して共同声明を出そうということになりました。

 ラテンアメリカからは、ペルーでは今月にも手話通訳に関する法律が成立する見込み、ボリビア・ウルグアイ・アルゼンチンが手話通訳者協会設立を目指しているなどの報告がありました。オセアニアからは、来年8月フィジーで開催予定の第1回南洋州オセアニア手話通訳者会議に向けての準備が報告されました。ろう団体と通訳者団体との協働がなかなかうまくいかないという書面報告を事前に読んでいたので、『よりパン』英語版を持っていって手渡しました。「多くの国がこのようなパンフを必要としているので、増刷して各国に配布してほしい」と言われ、このパンフを自国語に翻訳してもいいかと聞かれました。日本の活動が国際的にとても注目されていることを実感しています。

 バルカンからは、世界大会に参加したいが財政的に貧困な国が多く参加が難しいという訴えが書面でありました。アジアもアフリカも同じ経済的課題を抱えています。財政の問題は解決がほんとうに難しいですね。アジア報告は私がしました。昨年のアジア手話通訳者会議の様子や、日本の手話言語条例の状況など報告しました。

 また、自分が通訳活動している場面を写真にとって、SNSに投稿している人がいるという問題提起もありました。仕事としての通訳でも、ボランティアとしての通訳でも、通訳場面の写真をアップすることは倫理上許されることではない、SNSの利用方法を会報などで明示しようということになりましたが、世界中課題は同じだと思いました。

 その他、WASLI戦略計画の進捗状況の確認や、ろう通訳アドバイザーからの報告、国際手話通訳者の養成・認定などについても話し合いました。もちろんWASLI国会員の拡大についても!

 2019年のパリ大会会場はソルボンヌ大学が提案されましたが、同じころツール・ド・フランスが開催され、ホテル代など非常に高くなるとのこと。パリ近郊都市での開催も含め今後も検討していくことになりました。

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 理事たちはちょっとしたお土産を持ち寄ります。少し食べてしまったのですが、写真を撮ろうということになりました。上の袋はデブラ会長が持ってきたカナダのメープルドロップス、大きな箱はイサベルが持ってきたベルギーチョコ、左上のこけしの包み紙のおせんべいは私が持っていったお土産です。

 2日間、朝から夕方までびっしり議題がつまった会議ですが、理事たちはよく食べ、よく飲み(コーヒーです)、よくしゃべり、とってもパワフルでエネルギッシュです。国際手話通訳者でもあるスーザンは、理事会が終わってすぐトルコのデフリンピックに向かいました。

 

<パナマ・シティの街なみ>

 南北アメリカをつなぐ陸地がもっとも狭いところで、運河で有名なパナマの首都です。16世紀初めからスペインの植民地だったので、スペイン風の建物がたくさん残っています。旧市街と新市街があり、新市街には高層ビルが立ち並んでいて、遠くにはトランプタワー・パナマも見えました。

 会議が行われたホテル・エル・パナマは新市街の目抜き通りにありますが、ビルが林立というよりも、古き良き時代を彷彿とさせる庶民的な地域でした。ホテルのすぐ隣りにあるカルメン教会から、毎日朝夕に鐘の音が響いてきます。目覚ましがなくても、毎朝6時にはきちんと起こされました。

 道路はあまり整備されていず、あちこち穴ぼこが目立ちます。信号も少なく、地元の人は片側3車線の広い道路をさっさと渡ります。私たちはいつも地元の人が来るのを待って、一緒に渡りました。歩道も歩きやすくはありませんでしたが、ゴミは落ちていず清潔です。

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 (カリブ海の向こう側のビル街と、ホテルの前の通り)

 

 カジノはいくつか目にしましたが、どのような人が利用しているのかはわかりません。海岸通りでは若い人たちがバスケットボールやバレーボール、ダンスに興じていて、健康的に時間を過ごしているという感じです。子どもの時からダンスをしているので、あんなにみんな上手なのでしょう。

   

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<中南米の手話通訳者協会との懇談>

 17日(月)の午前中に、ラテンアメリカ各国の手話通訳者協会の代表たちと懇談会を持ちました。まずWASLI理事が順番に自己紹介と挨拶です。ラテンアメリカはブラジルだけポルトガル語で、あとはすべてスペイン語が公用語です。私は…スペイン語も国際手話もできないので、日本の来賓挨拶のように「日本から来ました。お会いできてうれしいです」だけ国際手話でやり、後は英語をスペイン語に通訳してもらいました。

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 (左:ラテンアメリカの手話通訳者協会代表たち  右:1人ずつ挨拶しました)

 

その後、WASLI副会長とWASLIラテンアメリカ理事、そしてコロンビアの手話通訳協会のホセさんの3人が全体の話をします。その時は、英語がとてもうまい通訳者がサッと私の横に座って、話の内容を通訳してくれました。さすが、通訳者ですね!

ところが、耳を疑うような英語が聞こえてきたのです。「悦子に日本のろう団体と健聴者団体のコラボレーションについて、1時間か30分話をしてもらいましょう」。英語を聞き間違えたかと思いましたが、そうではありませんでした。日本がとてもうまく協働しているので、どんなふうにしているのか話をしてほしいというのです。「ここで断っては大和撫子の名が廃る」かどうかわかりませんが、日本の活動が参考になるならと、一大決心!引き受けました。

 

<日本の活動報告>

19日のお昼にはホテルを出発し、帰国の途につかなければならないということで、急遽18日の午後4時半から報告ということになりました。実際には5時すぎからになりましたが、17日の夜と18日の午後はその準備で大わらわ。ブラジルのジョゼから「何かを教えようと思わないで。日本がどんなふうに一緒に活動しているのか、具体的に伝えれば自分たちの国に当てはめて考えられる。教えるという態度は押しつけになる」と助言され、運転免許、欠格条項の撤廃、全国研修センターの設立と活動、通訳者の健康問題の4つに絞って、署名活動や学習会をどのようにしているかを話しました。

 私の拙い英語を聞いて、言いたい内容をすぐにキャッチしてくれ、スペイン語で通訳してくれます。通訳者がいて、自分が言いたいことが伝わることの安心感と信頼の心強さをひしひしと感じ、私もろう者にとってそのような存在でありたいと強く思いました。

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 (左:ジョゼとスペイン語通訳をしてくれた人  右:15人くらいが参加)

 

<第3回ラテンアメリカ手話通訳者会議>

 17日午後2時から開会式が行われました。政府関係者、WASLI会長、WFD理事、WASLIラテンアメリカ地域理事、パナマ手話通訳者協会会長(ろう者です!)、パナマろう協会会長など、来賓が舞台にずらっと並びます。

 そして、舞台下にはなんと8人の通訳者がいるのです。音声言語はスペイン語だけなのですが、手話が各国異なるのでそれぞれの国の手話通訳者と国際手話通訳者が並んだのです。ほんとうに壮観でした。ラテンアメリカ14カ国と海外からの参加者を含めて、約200人の素晴らしい大会です。

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 19日朝のコロンビアからの報告の中で、18日に話をした日本の活動についても話されました。さっそく参加者全体に話をしてくれて、十分な準備もできなかったけれど頑張って話をしてよかったとうれしくなりました。

 

<大会期間中のランチ交流>

 大会参加の手話通訳者たちと一緒にランチ交流の機会がありました。同じテーブルにはパナマ、コロンビア、ベネズエラ、コスタリカの手話通訳者たちがいました。パナマとコロンビアの手話は似ているけれど、ベネズエラの手話はまったく違うということでした。また、ベネズエラの男性通訳者は精神科医で少年院でカウンセラーをしていて、ろう者が来たら手話で対応するということでした。いろんな職業についているんだなと思いました。同じ食事をして、手話通訳という共通の話題で話しができて、みんながとても身近な仲間と感じました。

   

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(文・写真/全通研理事 梅本悦子)

2017年7月21日 (金)

JD障害者のしあわせと平和を考えるシリーズ3

714日(金)、午後1時から「JD障害者のしあわせと平和を考えるシリーズ3」日本国憲法施行70年と障害者 障害者に生きる価値はないのか!-真に共に生きる地域社会の実現をめざして-が開催されました。

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会場は、参議院議員会館の講堂でした。

参加者は約400人が集まりました。

全通研からは、JDのスタッフとして佐々木理事、お手伝いで栃木県から2人、千葉県から1人、そして全通研会員の方々や聴覚障害者が参加していました。

 

まず、福島智氏(東京大学先端科学技術研究センター教授)から、「生存権の豊かな保障が幸福追求を支える-日本国憲法を手がかりに考える障害者の幸福-と題して基調講演が行われました。

特に昨年起こった津久井やまゆり園のことをとおしてお話がありました。

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この話を受けて、尾野剛志氏(津久井やまゆり園家族会 前会長)に藤井克徳氏(JD代表)がインタビューをする形で話がありました。

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休憩後にパネルディスカッション「障害者に生きる価値はないのか!」と題して、五位渕真由さん(DPI障害者権利擁護センター相談員)、佐藤真智子さん(全国精神障害者団体連合会 事務局担当理事)、足立早苗さん(全国障害児者の暮らしの場を考える会)、大胡田誠さん(弁護士)の4人のパネラーから報告がありました。

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それぞれ障害のある当事者からの実体験に基づく報告がなされました。

その後、フロアーから意見交換がありました。最後に藤井克徳氏から、「安心を作り出すことが大事である。まだまだ悲惨な事故が起きているが、まさに全て障害のあることに関わっている。個人として尊重される社会を作り出すためには、障害者を取り巻く環境を変えていかなければならない。」とまとめがありました。

 基本的人権を守るためには、憲法のもつ意味がとても大事だと言うことを改めて感じる集会でした。

 

(文・写真/全通研会長 渡辺 正夫)

2017年6月27日 (火)

一般社団法人日本手話通訳士協会の第27回定期総会

6月25日(日)、一般社団法人日本手話通訳士協会の第27回定期総会に出席しました。

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会場は兵庫県西宮市にある武庫川女子大学です。

大阪駅から阪神電車に乗り換えて鳴尾駅まで向かいます。

私が阪神電車に乗るときは、縦縞のユニフォームを来て甲子園に阪神タイガースを応援しに行くとき!と決まっているのですが、今日は渡辺会長の代理で来賓としての出席なのでユニフォームもメガホンもありません。

ちゃんとご挨拶できるかなぁと不安でドキドキしながらの阪神電車でした。

 

 会場では通訳士協会の役員のみなさんが暖かく迎えてくださいました。

前日の「第15回日本手話通訳学会」から色々な準備や学会の運営、そして総会という流れでとてもお忙しいと思うのですが、小椋会長も川根事務局長もいつもと変わらず凛としたお姿と優しい笑顔です。

総会の冒頭では今年4月に急逝された林智樹さん(手話通訳士協会副会長)を偲んで黙祷が行われました。

林さんが20年近く前にアメリカで手話通訳者会議が開催されるときに日本の手話通訳者事情をレポート発表されるとき、私は全通研からの派遣で林さんの随行として参加させていただきました。

飛行機の中やアメリカで手話のことや全通研のことなどを色々とお話してくださり、今でもとても印象に残っています。

優しくて穏やかでコツコツと研究を続けられ、その成果を社会に還元されていたおかげで私もたくさんの書籍や情報に触れて学ぶことができました。

亡くなられたのはとても残念ですが、林さんと一緒に進めてきた運動をさらに力強く進めていきたいと改めて思いました。

 

 小椋英子会長は開会の挨拶の中で「私たち手話通訳者の身分が不安定な現状ですが、私たち自身が考えなければ他に誰も考えてはくれないし、変えていくこともできません」と話されました。本当にそうだと思います。

渡辺会長から預かった挨拶文にも、雇用されている手話通訳者の平均年齢が52歳で手話通訳者の育成をどう図っていくのか喫緊の課題であり、全通研、通訳士協会、ろうあ連盟の3団体の結束をさらに強いものにして進みましょうと書かれていました。

私は手話通訳者業界の中では相対的に若い世代ですが、社会人としては若いと言われる世代ではありません。今の小中学生が、「大きくなったら手話通訳者になりたい!」と思えるような夢のある環境づくりをしていきたいと思いました。

 

帰りの阪神電車では、来賓として参加されていた小出さん(全通研参与)と厚生労働省の引間さんと一緒になり、大阪の美味しいものや観光地、京都のお土産など楽しい話に花が咲きました。

総会では全国で活動している仲間やお世話になった人たちともお会いすることができ、たくさんの元気をいただきました。また、明日から頑張れそうです。えい、えい、おー!

                                    (文・写真/全通研理事 米野 規子)

2017年6月 8日 (木)

全国手話言語市区長会

67日(水)、8時半から全国手話言語市区長会の総会が開催されました。

会場は昨年結成総会が行われた都市センターホテルのコスモスホールでした。

 

市長さんらは77人が集まりました。

内閣府、文科省、厚労省の方々も来賓で参加しておりました。

 

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田岡克介会長の冒頭の挨拶で、現在290の自治体が加盟しているとの報告がありました。

今後も益々増えていくことが予想されます。

 

来賓紹介ということで、全通研もここで紹介を受けました。

その後、来賓を代表して、全日本ろうあ連盟の石野理事長、日本財団の尾形理事長、全国手話研修センターの黒﨑理事長が挨拶をしました。

 

その後、総会議事に入り、平成29年度の事業計画、役員体制などが決まりました。

特に手話言語法制定などで関係省庁や各政党への要請活動、自治体職員手話研修会、手話演劇祭を実施することが承認されました。また、手話を広める知事の会と合同でフォーラムを10月に開催されることも決まりました。

役員は、市区長会のブロック制と連動させるため、新たに4人の副会長が選任されました。

 

最後に「手話をめぐる全国の動き」と題して、久松事務局長からミニ講演があり、そして、厚労省の吉田室長が平成29年度事業の中で遠隔手話サービスと電話リレーサービスの説明が簡単にされました。

 

無事に総会は終了しました。

終了後、私と久松事務局長の2人で、この総会に出席していました枝廣直幹福山市長に面会し、この夏に行われる全国手話通訳問題研究集会の開催についての協力をお願いしました。枝廣市長から「ぜひ、福山へおいでください。楽しみに待っています」との言葉を頂戴しました。

 

また、嬉しい報告があります。泉明石市長が全通研の会員になってくれたことと京都府向日市の職員がつい3日前に会員になってくれたという報告がありました。この報告を聞いて本当に嬉しく思いました。一人一人の会員の一声が新しい会員を増やしてくれているのだと実感しました。会員増に向けて頑張ろうという気持ちでいっぱいになりました。

 

(文・写真/全通研会長 渡辺正夫)

2017年6月 7日 (水)

第 65回全国ろうあ者大会 in FUKUOKA

63日(土)、18時半から秋篠宮両殿下をお迎えして全国ろうあ者大会の前夜祭がありました。場所は博多駅すぐ側のホテルセントラーザ博多でした。

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今回、世界ろう連盟(WFD)の理事会を博多で開催しており、その関係でWFDの理事もこの前夜祭に参加しておりました。

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コリン・アレンWFD理事長もご挨拶をされましたが、ゆっくりと話をしてくれていましたので、国際手話も何となく分かりました。

余興では、手話ダンス、ひょっとこ踊りが披露されました。舞台上では、石野理事長、コリン・アレン理事長、ジョセフ・マーレー副理事長も楽しく踊っていました。

最後に、博多手一本でお開きになりました。

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64日(日)、10時から式典がありました。会場は、福岡国際センターでした。このセンターの後ろは港でした。丁度、豪華客船が停まっていました。

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全国から全通研の会員も大勢参加しておりました。元気の良い挨拶してくれて感謝の気持ちでいっぱいでした。

 

さあいよいよ始まりです。前日の前夜祭に引き続き、この式典にも秋篠宮同妃両殿下をお迎えして開会されました。今回の全国ろうあ者大会は、全日本ろうあ連盟が創立して70年を迎え、さらに全国ろうあ者大会が65回目の記念すべき大会となりました。

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全国から4千人以上の方々が、集まりました。

中西理事の司会で始まりました。内閣府、厚生労働省、文部科学省、県知事、市長からの挨拶がありました。全ての人が名前だけでなく、冒頭の挨拶は手話を使って挨拶をしていました。以前と比べて手話を使って挨拶をするのが当たり前のようになって来たのには、驚きです。

 

表彰では、3人の方の厚生文化賞、1人の厚生文化感謝状、そして、昨年度の全国大会開催県への感謝状の贈呈がありました。

 

また、この間、福岡市役所では、聴覚特別支援学校、70年のあゆみの作品・写真展が開催されていましたので、2時過ぎに会場に行きました。特に、第11回世界ろう者会議が東京で、199175日から11日まで開催されました。その時の懐かしい写真が展示されていました。

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記念すべき大会が博多で開催されましたが、その席に参加できたことは私にとって大きな財産となりました。これからも一緒に活動を続けていくことを確認できた大会となりました。

 

(文・写真/全通研会長 渡辺正夫)

2017年4月21日 (金)

JDF災害総合支援本部 報告会

4月18日(火)に12時半から4時半まで、衆議院第二議員会館で、
「JDF災害総合支援本部 報告会
~熊本地震1年 東日本大震災6年~
誰もが取り残されない復興とまちづくりに向けて」
が開催されました。
 
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多くの参加者が集まり、熱心に報告を聞いていました。
まず、東北からの報告が3人からありました。
その後、内閣府の担当者から避難所の運営についての報告がありました。
中でも導線や障害者などの配慮を工夫した避難所の例として愛知県のものが示されました。
 
 
次に「インクルーシブな災害支援とその後に向けて(熊本の現場から)」というテーマで東俊裕氏から基調報告がありました。
まだまだ障害者の視点が抜け落ちてしまっている状況が報告されました。
それを改善するためには、障害者自身がもっと行政に対して日頃から訴えていく必要があると強調していました。
 
 
 
休憩を挟んで、パネルディスカッションが行われました。
 
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藤井克徳氏がコーディネーターになり、熊本市手をつなぐ育成会、郡山市聴力障害者協会、
熊本県健康福祉部障がい者支援課、河北新報から4人のパネリストから発表がありました。
 
それぞれ実体験に基づいて話がありました。
特に印象に残ったのが、東日本大震災で仮設住宅がバリアフリーになっていなかった問題があったが、熊本で活かされていないこと。
また、食糧を手に入れるためには列に並ばないともらえない。
しかし、発達障害などの子どもは並ぶことが困難であると訴えても「平等ですから」と言われたとのことでした。
 
また、日頃の地域の状況が避難所の運営に反映される。
どう地域を日頃から耕していくのかという視点が大事であると言われたことも強く印象に残りました。
いつ起こるか分からない災害について、改めてこれまでのことを忘れてはダメだと再認識した報告会でした。
 
 
(文・写真/全通研会長 渡辺正夫)

2017年2月28日 (火)

「手話通訳問題研究」140号『ちょっと聞いてよ 千葉支部の巻』の取材

「手話通訳問題研究」133号から始まった『ちょっと聞いてよ 〇〇支部の巻』シリーズ。
設立された支部の順に研究誌部員が訪問させていただき、支部の歴史や、
現在の取り組みの様子、また思いなどについてお聞きしています。
 
 
今回は千葉支部を訪問しました。
2017年2月26日、東京都内では「東京マラソン2017」が開かれていましたが、千葉県はそのお隣です。
JR本千葉駅から徒歩約10分弱で、会場の「千葉聴覚障害者センター」に到着しました。
 
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この日の午前中は、各地域班の班長が集まっての地域班会議(年4回)、
午後から毎月の定例役員会が開催されていました。
地域班会議は、千葉県内各地から多くの方々が集まられ、総勢29人の会議でした。
千葉県といっても、公共交通機関が十分に整備されていない地域もたくさんあるそうです。
それでも休日の朝早くから集まられ、熱気に溢れた会議でした。
今年度最後の地域班会議ということもあり、会場内にはちょっとしたお心遣いの品が…。
 
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私は、このような心温まる、さりげないお気持ちやおもてなし、お気遣いが全通研を
陰で支えている一人ひとりの会員さんの真の姿ではないかと感じています。
会議は、渡辺組織部長(全通研会長)が、会議議題に沿ってテキパキと進めていかれます。
今回、千葉支部を取材させていただき特筆すべきは、3年連続で支部会員の最高記録を
更新されていることです。(2014年度:362人 2015年度:365人 2016年度:366人)
着実に会員数を増やしている秘訣は一体何でしょうか? 5月に発行予定の140号をお楽しみに!!
今回、予定の取材時間をオーバーしても、みなさん最後まで丁寧に取材に応じていただきまして、
本当にありがとうございました。
千葉支部のパンフレットに書かれているモットー「全員主役 全員集合 全員笑顔」を随所で拝見できる取材でした。
研究誌では3ページでの掲載になるため、ご紹介いただきました全ての内容を掲載することは叶いませんが、
一つでも多くの事柄が掲載できるよう、これから原稿作成に取りかかります。
千葉支部のみなさん、お世話になりました!
 
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(文・写真/研究誌部員 岩谷誠司)

2017年1月24日 (火)

中国ブロック「手話通訳制度を考える担当者会議」学習会

1月22日(日)午前に開催される中国ブロックの「手話通訳制度を考える担当者会議」学習会
(会場は岡山市)の講師を依頼された。
調べてみると岡山は近い。西明石から新幹線に乗れば家から会場まで90分かからない。
ちなみに全通研事務所(京都)までは2時間はかかる。
今回の電車のお供は電子ブックの「クライマーズ・ハイ」(横山秀夫)。
といいつつ電車に乗っている時間は1時間もなく少し読んだら岡山に到着である。
家を出るときは雨がぱらついていたが岡山は終日おだやかな晴れだった。
 
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快晴の岡山駅
 
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会場のときめきプラザ
 
 
会場について持参したパソコンとプロジェクターとのコネクター(Macなので特殊形状)を
家に忘れてきたことに気づきあわてて現地でパソコンを借りるはめに。
加齢を感じる瞬間だ。
 
 
学習会のテーマは「「全通研がめざす手話通訳制度」まとめと今後について」ということで、
2年越しの学習運動についての総括と今後の取り組み方針について、午前中 話をする。
特効薬的な即効性のある戦術はまだ提示できない中ではあるが、情勢(政府の動きは
厳しいが地域や団体の取り組みはプラス)を踏まえた取り組みの重要性を説明する。
 
 
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午前の学習会
 
 
 
午後からは午前の話を踏まえて、茶菓を交えながら各支部からの制度化の報告と意見交換会。
鋭い中にも笑いを盛り込みながら、中国ブロックでの制度の着実な前進を感じた1日だった。
 
 
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午後の意見交換会
(文・写真/全通研事務局長 伊藤正)

2016年12月22日 (木)

 藤田保氏の「保健文化賞」の受賞を祝う会」

12月18日(日)、大津市のロイヤルオークホテルのローズオーキッドで、
藤田保氏の「保健文化賞」の受賞を祝う会が開催されました。
全通研を代表して、渡辺が出席しました。
 
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当日は、暖かなそして天気も快晴でとても良い日になりました。
約100人の参加者をもって盛大に開催されました。
 
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藤田保氏は、聴覚障害がある医師として精神保健相談や勤務する病院で聴覚障害者外来の実践、
学生への教育などを行うことで、聴覚障害者の精神保健や福祉の向上に貢献してきました。
その功績が求められ今回の受賞となりました。
 
この保健文化賞は、戦争の傷痕が深く残り、衛生環境が悪化する状況にあった1950年に
我が国の保健衛生向上のために役に立ちたいと考え、保健衛生の分野における立派な業績と、
長年にわたるご苦労に対し感謝と敬意を捧げるために創設されたものです。
 
たくさんの人からお祝いの言葉がありました。
 
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その後、ご本人からお礼の言葉がありました。
 
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藤田氏は「国語の先生にとにかく本を読め」と言われ、そのことを忠実に守ったとのこと。
読んだ本の中に無医村で活躍する医師の話があったそうです。
自分はそのとき、無医村の医師として頑張るんだと思ったそうです。
しかしながら、医師になってすぐに腫瘍のため耳が聞こえなくなってしまい、
無医村のことは諦めざるを得なかったそうです。
耳が聞こえない医師として何か出来ないかと考え、聴覚障害者のために奮闘されたそうです。
 
そのとき感じたことは、「聴覚障害者にとって病院は、無医村と同じだ」ということです。
自分は実際に無医村の医師にはなれなかったが、聴覚障害者にとっての病院を
無医村にしないと心に誓ったそうです。
 
その言葉を聞いて、本当に藤田先生が感じてきて実践されてきたことが
非常に聴覚障害者にとって大切な事をしてこられたのだと感じました。
 
あっという間に2時間半という時間が過ぎてしまいました。
これからも聴覚障害のある医師としてご活躍されることを期待し、会場をあとにしました。
 
 
(文・写真/全通研会長 渡辺正夫)

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