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2018年4月12日 (木)

全国ろうあ青年研究討論会参加者懇談会

 46日(金)、7日(土)、全国手話研修センターで、(第13回)全国ろうあ青年研究討論会参加者懇談会・シンポジウム及び後輩を激励するつどいが開催されました。

 私は6日の夜、懇談会と7日のシンポジウムに参加しました。

懇談会に集まったろう者は、7080代の大先輩の方々と青年部の人たちで60人程が集まりました。

 高齢のことを考えて、テーブル席での懇談会となりました。これも研修センターの職員の配慮だと思い、感心しました。

 

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 まずは、吉田千草さんの司会で懇談会が開始されました。

 

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黒﨑信幸氏から開会の挨拶があり、

その後、石野富志三郎氏による乾杯がありました。

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 始まってすぐに、高田英一氏による音頭で、

1回目からの参加者が前に集合しました。かなりの数でした。

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 次に第2回目からの参加者、第3回目からの参加者が前に集合しました。

 会食も進み、松本晶行氏による呼びかけで、北海道、東北、北信越、関東、東海、近畿、中国、九州のそれぞれのブロックからの参加者が前に集合し、一人一人が思い出を語りました。

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 印象に残ったのは、「福島の板橋さん、九州の安藤さんなどに声をかけられ全青研に参加しましたが、そこで得るものが沢山あった」とのお話を何人もの人が話していました。

 「青年部をつくる」「一人ぼっちをなくす」「手話サークルを立ち上げる」などの具体的な目標を一人一人が自覚して各地に戻っていったとのことでした。

 これらの話を聞いて、これが運動なのだと思いました。みんなで語らい、そして、具体的な目標を作り、各地で展開していく。第1回の全青研はろう運動の大転換期であると聞いていました。今回のお話を聞いていて、そのときの大きなうねりを感じ取ることが出来ました。

 高齢者の集まりでしたが、疲れを見せず夜9時まで手話の花を咲かせていました。みんな、本当にいきいきしていました。

 しかし、元気にはしていますが、高齢のせいでしょうか、飲むお酒の量は少なくなっているようです。持ち寄ったお酒などが残っていましたからね。

 

 また、7日の午前中は、シンポジウムが開かれました。

 及川リユ子さんの司会で順次進められました。

 

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 先ずは、開催の趣旨について、発起人を代表して高田英一氏からありました。「残念なことにすでに他界された方もいて、この会を開くのが遅かったのかも知れなかった。」との言葉には涙が出ました。

 そして、来賓の挨拶として、石野富志三郎氏(全日ろう連)、そして渡辺正夫(全通研)、最後に小椋英子氏(士協会)の3人が挨拶をしました。

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 私は昨日の懇談会での話をし、今後も、三団体で協力し合って、運動を進めていこうと挨拶しました。

 その後、思い出のアルバムということでスライド映写がありました。

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顔写真が出て来ましたが、顔と名前が一致する人は、私としてはわずかでした。それもそのはず、私は第1回~3回全青研のときには手話をまだ始めていませんでした。

 次はシンポジウムでした。司会は清田廣氏でした。パネラーは黒﨑信幸氏、高田英一氏、松本晶行氏、山内公平氏、吉田千草氏の5人の方々でした。

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 びっくりしたのは、その当時、若い者が頑張ってろう連盟を変えるとの思いで全青研を開催したとのことでした。

  私はこのシンポジウムが終わった時点で、退席をさせていただきました。

 とにかく、ろう運動の大転換期の様子が聞けて、本当に勉強になりました。

 また、多くの参加したろう者の生の声を聞いて、感激しました。

本当にありがとうございました。

(文・写真/全通研会長 渡辺正夫)

 

 シンポジウムの第2部で「現役青年部の精鋭と老革命児のガチンコ対決」と題して、現在の青年部のみなさんと先のシンポジウムに参加された方々とのバトルがくり広げられました。

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「若者を育てるのは先輩の役割だ」「僕らの時代は教えてくれる人はいなかった。自ら学んでいくべきだ」「先輩がいるのだから学びたい」や、「青年部の活動も大事だが、地元の活動もがんばる必要がある。君らは地元でどんなことをやっているのか」と問われると、現役青年部のメンバーはさすがに地元の活動もがんばっておられました。

「僕らは、運転免許の獲得や準禁治産者の法律改正など変えてきた。君らまだ何も変えてはいない。手話通訳者の身分保障や二種免許が取れるようになったが取得後の仕事の保障がないなど課題は多い。変えていくのは君らだ」と、運動の大切さも説かれ、1時間ほどでしたが、現役青年部も負けず劣らずのバトルが続きました。

(文・写真/全通研事務所)

 

2018年2月21日 (水)

電話通信サービスのユニバーサル化を考える大学習会

 216日(金)、全日本ろうあ連盟主催の「電話通信サービスのユニバーサル化を考える大学習会」が開催されました。会場は、衆議院第一議員会館1階の多目的ホールでした。約100人の参加がありました。

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 この大学習会は、電話リレーサービス普及啓発推進事業の電話リレーサービス制度化検討委員会が主に担当として開催されました。

 司会は、小椋武夫全日本ろうあ連盟理事が担当しました。

 まず、主催者である全日本ろうあ連盟の石野富志三郎理事長の挨拶がありました。

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続いて、日本財団の尾形武寿理事長、野田聖子総務大臣、宮嵜雅則厚生労働省障害保健福祉部長、そして、その都度参加された国会議員の方々から、挨拶を頂きました。

川森雅仁慶應義塾大学特任教授からビデオメッセージが放映されました。

次に第一部として

(1)DVD放映 「電話リレーサービスとは」

(2)「海外・日本の状況」 井上正之筑波技術大学准教授

(3)「日本財団の取り組みについて」 石井靖乃公益事業部部長

(4)「情報提供施設協議会の取り組みと課題」 小竹安治全国聴覚障害者情報提供施設協議会理事

それぞれの立場から、説明がありました。


休憩後に第二部のパネルディスカッション「電話リレーサービスの制度化について」がありました。

 コーディネーターは、小中栄一副理事長でした。

(1)盛山 正仁 衆議院議員(ユニバーサル社会推進議員連盟 事務局長)

(2)尾形 武寿 日本財団理事長

(3)村井 純 政策・メディア研究科委員長 環境情報学部教授

     (IOT新時代の未来ふくり検討委員会 座長)

(4)井上 正之 筑波技術大学准教授

(5)石野 富志三郎 全日本ろうあ連盟理事長

 5人のパネラーからそれぞれ5分程度、課題提供がありました。

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フロアーから千葉の植野さん、共用品推進機構の星川さんからの発言がありました。

また、今回の大学習会の決意表明を小川光彦全日本難聴者・中途失聴者団体連合会理事から読み上げられ、最後にパネラーと共に壇上で頑張ろうと拳を上げました。

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最後に、私たち全通研の立場で、この電話リレーサービス制度化検討委員会に参加している宮澤典子事から、閉会の挨拶がありました。

全ての日程を無事終了して解散しました。

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今後、機器による通信サービスと現在行われている福祉サービスとしての手話通訳をどのように整理していくのかが問われているのだと感じました。

また、2020年に東京で開催される東京オリンピック・パラリンピックまでに、情報アクセシビリティにおける情報保障をどこまで整備していくのかも課題となっています。

 

(文・写真/全通研会長 渡辺正夫)

明石市の手話フォン設置式典に行ってきました

201825日(月)12時から、明石市駅前のパピオスあかし2階のあかし市民広場で開かれた「手話フォン設置式典」に全通研として出席してきました。

 あかし市民広場の一角に設置された「手話フォン」です。

ここには写ってはいませんが、左隣に一般の緑の公衆電話が置いていました。

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 式典は、明石市の泉市長のあいさつから始まりました。「障害者が暮らしにくいのは、障害者の責任ではない、行政が責任を果たしていないから。やさしい街をめざす」と手話で話されました。その後、議長や来賓として明石ろうあ協会会長からあいさつがありました。式典には来賓として、全日本ろうあ連盟や近畿ろうあ連盟、兵庫県聴覚障害者協会、全通研、兵通研など出席しており、各団体が紹介されました。

そして、実際に手話フォンを使ってみるというデモンストレーションがありました。地元の聞こえない方が、明石市障害福祉課に電話して、相談に行く時間の約束を取り付ける設定で、オペレーターに手話で話し、明石市の担当者につなぎ回答を手話で返す、ということで約束が直接できました。

 

手話フォン設置の第1号は先に話題になった羽田空港、そして筑波技術大学に続く3カ所目として、自治体では初めてと紹介がありました。日本財団の負担で設置されており、日本財団の方からの「電話リレーサービス」についての説明で、現在7,000人が登録しており、月15,000件の利用があるそうです。

この「手話フォン」は、事前登録は不要で、手話で話す人ならどなたでも利用でき、朝8時から夜の9時まで利用可能ということです。

手話通訳者を多く会員に有する全通研としては、手話で仲介しているオペレーターがどのような体制になっているのか気になるところです。オペレーターは「日本財団電話リレーサービス・モデルプロジェクト事業者」と「情報提供施設(千葉、滋賀、熊本、沖縄)」が担当していると説明がありました。

公衆電話と同等に、誰でもいつでも使えるものとして、手話フォンがあらゆるところに普及すると便利だろうなぁと思いましたが、利用時間など考えると、オペレーターについても、さらに検討・研究が必要かなと思いました。

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この式典には多くのマスコミが駆けつけていました。

 

(文/写真 全通研理事 浅井貞子)

2017年11月 8日 (水)

手話を広める知事の会「第2回総会と手話言語フォーラム」

 117日(火)、参議院議員会館講堂で、手話を広める知事の会の第2回総会と手話言語フォーラムが開催されました。

 全国会地から290人を超える大勢の人が参加しました。全通研の理事及び会員も多く参加していました。

 総会では、平井伸治会長の挨拶から始まり、日本財団の笹川陽平会長、全国手話言語市区長会の泉房穂明石市長の来賓挨拶がありました。

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  また、ハンガリーのアダム・コーシャ欧州議会議員からビデオによる特別メッセージが放映されました。

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 取組報告は、全日本ろうあ連盟の小中副理事長から創立70周年のことを踏まえて、「手話言語をめぐる全国の動き」の話をされました。

 総会議事では、全国を7つのブロックに分け、そのブロック毎にまとめ役として会長または副会長を設置することが決まりました。その後、知事の会の参加者による記念撮影をして、無事に総会は終了しました。

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 同会場で、引き続き手話言語フォーラムが開催されました。

最初に夏季デフリンピック競技大会サムスン2017の報告が、水泳の藤原彗選手、女子バレーの宇賀耶早紀選手からありました。応援に対してのお礼と練習場の確保などの課題について話がありました。

来賓の挨拶では、国会議員の方々が駆けつけ、手話言語法の制定を強く訴えていました。

文部科学省の林芳正大臣の代理として白間竜一郎大臣官房審議官、厚生労働省の加藤勝信大臣の代理として宮嵜雅則障害保健福祉部長が挨拶されました。

三重県と長野県の健康福祉部長から、それぞれの県の取組状況が報告され、その後、パネルディスカッションに入りました。

コーディネーターとして読売新聞大阪本社の井手裕彦編集委員、パネリストは、国連障害者権利条約推進議員連盟元事務局長の笹川博義衆議院議員、日本財団の尾形武寿理事長、日本障害フォーラムの藤井克徳副代表、手話を広める知事の会の平井伸治鳥取県知事、全国手話言語市区長会の泉房穂明石市長、最後に全日本ろうあ連盟の石野富志三郎理事長の6人でした。

国、県、市の行政の立場から、そして、民間や障害者団体の立場、そして当事者としての立場から、手話や手話言語法成立に向けての意見が交わされました。

特に、「手話言語法は読書バリアフリー法や情報・コミュニケーション法などの位置づけではなく、言語という別の体型の法律として率先して成立させるべきものだ」との意見には納得出来ました。

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指定発言として北海道ろうあ連盟の佐藤英治副理事長、東京都聴覚障害者連盟の越智大輔事務局長から、北海道と東京の取組状況や課題が報告されました。

次に、知事の会の宣言を京都府の松村淳子健康福祉部長、京都府聴覚障害者協会の吉田正雄手話対策部長から読み上げられました。

最後に渡辺から、全国から多くの参加者を得て開催出来たこと、47都道府県の知事さんが手話を広める知事の会に加盟したこと、聴覚障害者の暮らしをより豊かにすること、手話通訳者の身分保障を確立させるためには、手話言語法の早期実現が求められるとして閉会の挨拶を述べました。

時間を少しオーバーしてしまいましたが、予定していた内容を無事に終了し解散しました。お疲れ様でした。

 

(文・写真/全通研会長 渡辺正夫)

2017年9月 4日 (月)

「第23回夏季デフリンピック競技大会サムスン2017 日本選手団帰国報告会」

831日(木)、13時から参議院議員会館1階の101号室にて「第23回夏季デフリンピック競技大会サムスン2017 日本選手団帰国報告会」が開催されました。

 2017718日(火)に開会式、730日(日)に閉会式の13日間、トルコ共和国サムスンで開催されました。97か国3地域から、3,148人の選手が参加したとのことでした。

日本は、21競技中11競技、177人で参加し、メダル獲得は27個(金6個、銀9個、銅12個)でした。目標数の25個を上回ることができたと嬉しい報告がされました。

 オープニングでは、HANDSIGN様が歌と手話とダンスで、日本選手団の応援歌を披露してくれました。

 次に、内閣総理大臣、オリンピック・パラリンピック担当大臣、文部科学省、スポーツ庁、厚生労働省、日本障がい者スポーツ協会、障がい者スポーツ・パラリンピック推進議員連盟 デフリンピック支援ワーキングチーム、手話を広める知事の会、全国手話言語市区長会、日本選手団ドリームサポーターなど多くの来賓が挨拶をしてくれました。

来賓挨拶では、「名前だけを手話で」というのは最低限という雰囲気でした。

中には、挨拶をご自身で最後まで手話をつけて話してくれた人がいました。

ここまで手話が広まっているのだとびっくりした次第です。

選手団から3人のアスリート(水泳、女子バレー、陸上)が、金メダル獲得の報告をしてくれました。選手として活躍できたのも、監督、仲間、会社、スタッフなど多くの支えがあってできたと感謝のことばが多く聞かれました。

石野富志三郎委員長、山根昭治団長から、

①オリンピックやパラリンピックと比べて知名度が低い。しかし、これまでは福祉面で

の支援だけから、文部科学省、スポーツ庁など横に広がりを見せてきている。

 これらの活躍を聴覚障害児者だけにとどめるのではなく、一般の小中学校や高等学校

にも披露して、交流を盛んにしていくことも必要である。

②団結力が強い。選手村に同じ棟で選手が生活できた。そのため、情報交換がより多く

とれた。食事の後片付けを自分たちが行うなど、他の国の良い見本となった。

③競技をしていく環境がまだ不十分である。3日間の練習をする会場が見つからず苦労

した、会社の理解がまだ十分でない。また、オリンピックやパラリンピックの場合、

メダリストには報奨金が出されるが、デフリンピックは出ていない。

 

これらの課題がある中、今回、来賓で参加して頂いた関係者とさらに手を携えて、日

本がもっと活躍できるよう支援の輪を広げることが大切だと感じた次第です。

選手の皆さん、ご活躍おめでとうございます。

本当にお疲れ様でした。

 

(文章/全通研会長 渡辺正夫)

2017年8月31日 (木)

電話リレーサービスを制度とするにあたっての勉強会

829日(火)、14時から日本財団で「電話リレーサービスを制度とするにあたっての勉強会」が開催されました。

関東を中心に62人の参加者がありました。

全通研としては私を含めて3人が参加しました。

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司会者(全日本ろうあ連盟 小椋武夫氏)から、全日本ろうあ連盟の電話リレーサービス普及啓発推進事業についての説明がありました。

 

事業の内容としては、

①電話リレーサービス制度化検討委員会の設置

②一般市民への普及啓発のための学習会(全国9か所にて実施予定)

③制度化に向けた企画(関係者の勉強会8/29、国会議員・関係省庁対象の大学習会)

3つがあると説明がありました。

 ※後日、全日本ろうあ連盟のHPに電話リレーサービスの特設ページを立ち上げ予定。

  その特設ページにて随時、学習会の日程やさまざまな情報が掲載されます。

 

その後、日本財団の石井さんから「電話リレーサービスの内容と日本財団としての取り組み」、筑波技術大学の井上准教授から「日本の状況と海外のシステム」、最後に慶應義塾大学の川森教授から「海外の政策と日本の課題」について、それぞれ説明がありました。

日本における電話サービスの内容は、国が「電気通信事業法」で規定しています。

その第6条に「差別的取扱いをしてはならない」と規定しています。

そして、第7条では「あまねく日本全国における提供が確保されるべきもの」を基礎的電気通信役務と定め、その具体的内容は同法施行規則第14条(総務省令)にて定められています。

施行規則第14条に「音声伝送役務」には、音声伝送のみを対象にしていて、映像(手話)や文字(チャット)は対象になっていないことがわかります。

 

また、憲法、障害者権利条約、障害者基本法、障害者総合支援法、障害者差別解消法などでは、社会の差別や偏見をなくし、ただ生きるのではなく、障害がある人もそれぞれの生き方が大切にされ、幸せに生きていく権利があるとしています。

 

今の電話は聞こえる人のみを対象にしていて、聞こえない人や聞こえにくい人及び言語に障害がある人は対象にしていません。

このことを市民に訴え理解を求めると同時に、省令を変える運動が必要となってきます。また、国が責任をもって電話が全ての人に使えるよう財源の確保を含めて、保障していかなければなりません。

 

このことを強く感じた勉強会でした。

 

(文・写真/全通研会長 渡辺正夫)

 

 

2017年8月 9日 (水)

全国障害者問題研究会 第51回全国大会九州・鹿児島2017

8月5日(土)鹿児島市で開催の「全国障害者問題研究会 第51回全国大会九州・鹿児島2017」の全体会に来賓として出席しました。壇上の席が構えられるものではなく、来賓紹介は速報第1号にて紹介されるものだったので、気楽なものでした。

全体会は宝山ホールで行われましたが、台風5号接近のため、その後に開催予定の総会や分科会、学習講座は延期や中止となりました。当初の参加予定者は2,000名だったそうですが、キャンセルもあって1,800名ほどになったそうです。

 

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 それでも、こんな天候にもかかわらずたくさんの方でホールはいっぱいになっていました。中止になってしまった分科会にも154本のレポートの提出があったそうで、その分厚いレポート集に、大会テーマの「ネクスト50ー発達保障のバトンをつないで」の思いが詰まっている気がしました。全障研は、創立して50周年を迎えており、これからの50年を目指しての取り組みをつないでいこうという大会です。

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 全体会は、「親子がつながる遊び歌」で始まり、開会行事、基調報告、重点報告、文化行事、記念講演とプログラムが進められました。来賓は、上手側の前から2列目に席を用意してくださっていましたので、それらのプログラムを十分に受け取ることができました。特に文化行事は、青年たちの夢や未来を拓いていく想いにあふれたステージで、感動しました。コメディアンの松元ヒロさんによるひとり芝居「憲法くん」の、笑いの中にもするどい批判精神に満ちたパフォーマンスにも惹きつけられました。

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来年は、埼玉県川越市で開催されるそうです。今年のレポートが地域で読み込まれて次回につながれることを願いつつ会場を後にしました。

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(文・写真/全通研理事 窪田麗子)

2017年7月28日 (金)

2017年世界手話通訳者協会(WASLI)理事会に出席してきました

 715日(土)、16日(日)に開かれたWASLI理事会と、引き続き開催された第3回ラテンアメリカ手話通訳者会議(WASLIパナマ会議2017)に出席するため、長崎国際部員と2人でパナマに行ってきました。

 日本とパナマは14時間の時差があります。行きはマイナス、帰りはプラスなので、713日の午後2時過ぎに成田を出発したのに、パナマには同じ13日の夜7時半に着きます。逆に、帰りは19日午後4時過ぎにパナマを出発、成田に到着するのは21日の朝6時半。時間の感覚がなくなってしまいます。自宅に帰りつくまで30時間くらいかかった上に昼夜逆転なので、時差ボケで頭が少し朦朧としています。

 パナマは雨期の真っ最中ですが、想像していたような定期的なスコールではなく、朝からしとしと降ったり、ざーっと降ってすぐにやんだりという感じでした。気温は2829度くらいでそんなに暑くはなく、大阪や京都に比べると過ごしやすいのですが、湿度が高くホテルでの洗濯物が全然乾かずに苦労しました。

 ジカ熱や黄熱病が心配され、虫よけスプレーとムヒと蚊取り線香をしっかり荷物に入れましたが、一匹の蚊にも出会わず、熱帯にいそうな大きな虫にも遭遇せず、かなり快適に過ごしてきました。ジャングルに行かなければそんなに危険はないようです。

 

<理事会>

 15日の朝845分から2日間の理事会が始まりました。出席者はデブラ・ラッセル(会長、カナダ)、ジョゼ・エジニウソン(副会長、ブラジル)、イサベル・ヘイエリック(事務局長、ベルギー)、スーザン・エマーソン(会計、オーストラリア)、リズ・メンドーサ(北米代表、アメリカ)、アンジェラ・マーレイ(南洋州オセアニア代表、ニュージーランド)、梅本悦子(アジア代表、日本)、ナイジェル・ハワード(ろう通訳アドバイザー、カナダ)の8名です。

その他、スカイプ参加がイサベル・レイ(ラテンアメリカ代表、ペルー)、クリストファー・ストーン(ヨーロッパ代表、イギリス)で、デサンカ・ジジック(バルカン代表、セルビア)、ナターシャ・マリコ(アフリカ代表、南アフリカ)、アンナ・コマロワとイゴール・ボンダレンコ(ロシア・コーカサス代表、ロシア)は欠席でした。

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 (前列左から:デブラ、スーザン、悦子、リズ

  後列左から:イサベル、ナイジェル、ジョゼ、アンジェラ)

 

 いつも会議は英語で行われます。今回は、ろう通訳者のナイジェルが参加していましたので、音声言語は使わず国際手話で会議をすると言われました。「えーっ!そんな…。」私は国際手話ができません。そこで「ろう者に公平な参加を保障するのは当然。私が国際手話を学ばなければいけないのも理解している。しかし、いま私は音声英語がなければ会議に参加することはできない。公平な参加保障というなら、私には英語で伝えてほしい。英語も国際手話もできることを理事の条件とすることは厳しい。特にアジア地域代表は引き受け手が非常に限られる」と抗議し、私には誰かが英語通訳をしてくれることになりました。それでも大変なことに変わりはないのですが、なんとかヤレヤレです。

 理事会は、昨年の理事会報告の確認から始まり、会長以下3役の活動報告、各地域理事の報告と会議は進んでいきます。日本でも遠隔手話サービスが事業として行われるようになりましたが、理事会でも3D画像(アバター)を使った通訳の拡大について話題になりました。すべてを拒否するものではないけれど、例えばコミュニケーション場面では使わないなど使用範囲を決める必要があるのではということで、世界ろう連盟(WFD)と協議して共同声明を出そうということになりました。

 ラテンアメリカからは、ペルーでは今月にも手話通訳に関する法律が成立する見込み、ボリビア・ウルグアイ・アルゼンチンが手話通訳者協会設立を目指しているなどの報告がありました。オセアニアからは、来年8月フィジーで開催予定の第1回南洋州オセアニア手話通訳者会議に向けての準備が報告されました。ろう団体と通訳者団体との協働がなかなかうまくいかないという書面報告を事前に読んでいたので、『よりパン』英語版を持っていって手渡しました。「多くの国がこのようなパンフを必要としているので、増刷して各国に配布してほしい」と言われ、このパンフを自国語に翻訳してもいいかと聞かれました。日本の活動が国際的にとても注目されていることを実感しています。

 バルカンからは、世界大会に参加したいが財政的に貧困な国が多く参加が難しいという訴えが書面でありました。アジアもアフリカも同じ経済的課題を抱えています。財政の問題は解決がほんとうに難しいですね。アジア報告は私がしました。昨年のアジア手話通訳者会議の様子や、日本の手話言語条例の状況など報告しました。

 また、自分が通訳活動している場面を写真にとって、SNSに投稿している人がいるという問題提起もありました。仕事としての通訳でも、ボランティアとしての通訳でも、通訳場面の写真をアップすることは倫理上許されることではない、SNSの利用方法を会報などで明示しようということになりましたが、世界中課題は同じだと思いました。

 その他、WASLI戦略計画の進捗状況の確認や、ろう通訳アドバイザーからの報告、国際手話通訳者の養成・認定などについても話し合いました。もちろんWASLI国会員の拡大についても!

 2019年のパリ大会会場はソルボンヌ大学が提案されましたが、同じころツール・ド・フランスが開催され、ホテル代など非常に高くなるとのこと。パリ近郊都市での開催も含め今後も検討していくことになりました。

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 理事たちはちょっとしたお土産を持ち寄ります。少し食べてしまったのですが、写真を撮ろうということになりました。上の袋はデブラ会長が持ってきたカナダのメープルドロップス、大きな箱はイサベルが持ってきたベルギーチョコ、左上のこけしの包み紙のおせんべいは私が持っていったお土産です。

 2日間、朝から夕方までびっしり議題がつまった会議ですが、理事たちはよく食べ、よく飲み(コーヒーです)、よくしゃべり、とってもパワフルでエネルギッシュです。国際手話通訳者でもあるスーザンは、理事会が終わってすぐトルコのデフリンピックに向かいました。

 

<パナマ・シティの街なみ>

 南北アメリカをつなぐ陸地がもっとも狭いところで、運河で有名なパナマの首都です。16世紀初めからスペインの植民地だったので、スペイン風の建物がたくさん残っています。旧市街と新市街があり、新市街には高層ビルが立ち並んでいて、遠くにはトランプタワー・パナマも見えました。

 会議が行われたホテル・エル・パナマは新市街の目抜き通りにありますが、ビルが林立というよりも、古き良き時代を彷彿とさせる庶民的な地域でした。ホテルのすぐ隣りにあるカルメン教会から、毎日朝夕に鐘の音が響いてきます。目覚ましがなくても、毎朝6時にはきちんと起こされました。

 道路はあまり整備されていず、あちこち穴ぼこが目立ちます。信号も少なく、地元の人は片側3車線の広い道路をさっさと渡ります。私たちはいつも地元の人が来るのを待って、一緒に渡りました。歩道も歩きやすくはありませんでしたが、ゴミは落ちていず清潔です。

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 (カリブ海の向こう側のビル街と、ホテルの前の通り)

 

 カジノはいくつか目にしましたが、どのような人が利用しているのかはわかりません。海岸通りでは若い人たちがバスケットボールやバレーボール、ダンスに興じていて、健康的に時間を過ごしているという感じです。子どもの時からダンスをしているので、あんなにみんな上手なのでしょう。

   

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<中南米の手話通訳者協会との懇談>

 17日(月)の午前中に、ラテンアメリカ各国の手話通訳者協会の代表たちと懇談会を持ちました。まずWASLI理事が順番に自己紹介と挨拶です。ラテンアメリカはブラジルだけポルトガル語で、あとはすべてスペイン語が公用語です。私は…スペイン語も国際手話もできないので、日本の来賓挨拶のように「日本から来ました。お会いできてうれしいです」だけ国際手話でやり、後は英語をスペイン語に通訳してもらいました。

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 (左:ラテンアメリカの手話通訳者協会代表たち  右:1人ずつ挨拶しました)

 

その後、WASLI副会長とWASLIラテンアメリカ理事、そしてコロンビアの手話通訳協会のホセさんの3人が全体の話をします。その時は、英語がとてもうまい通訳者がサッと私の横に座って、話の内容を通訳してくれました。さすが、通訳者ですね!

ところが、耳を疑うような英語が聞こえてきたのです。「悦子に日本のろう団体と健聴者団体のコラボレーションについて、1時間か30分話をしてもらいましょう」。英語を聞き間違えたかと思いましたが、そうではありませんでした。日本がとてもうまく協働しているので、どんなふうにしているのか話をしてほしいというのです。「ここで断っては大和撫子の名が廃る」かどうかわかりませんが、日本の活動が参考になるならと、一大決心!引き受けました。

 

<日本の活動報告>

19日のお昼にはホテルを出発し、帰国の途につかなければならないということで、急遽18日の午後4時半から報告ということになりました。実際には5時すぎからになりましたが、17日の夜と18日の午後はその準備で大わらわ。ブラジルのジョゼから「何かを教えようと思わないで。日本がどんなふうに一緒に活動しているのか、具体的に伝えれば自分たちの国に当てはめて考えられる。教えるという態度は押しつけになる」と助言され、運転免許、欠格条項の撤廃、全国研修センターの設立と活動、通訳者の健康問題の4つに絞って、署名活動や学習会をどのようにしているかを話しました。

 私の拙い英語を聞いて、言いたい内容をすぐにキャッチしてくれ、スペイン語で通訳してくれます。通訳者がいて、自分が言いたいことが伝わることの安心感と信頼の心強さをひしひしと感じ、私もろう者にとってそのような存在でありたいと強く思いました。

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 (左:ジョゼとスペイン語通訳をしてくれた人  右:15人くらいが参加)

 

<第3回ラテンアメリカ手話通訳者会議>

 17日午後2時から開会式が行われました。政府関係者、WASLI会長、WFD理事、WASLIラテンアメリカ地域理事、パナマ手話通訳者協会会長(ろう者です!)、パナマろう協会会長など、来賓が舞台にずらっと並びます。

 そして、舞台下にはなんと8人の通訳者がいるのです。音声言語はスペイン語だけなのですが、手話が各国異なるのでそれぞれの国の手話通訳者と国際手話通訳者が並んだのです。ほんとうに壮観でした。ラテンアメリカ14カ国と海外からの参加者を含めて、約200人の素晴らしい大会です。

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 19日朝のコロンビアからの報告の中で、18日に話をした日本の活動についても話されました。さっそく参加者全体に話をしてくれて、十分な準備もできなかったけれど頑張って話をしてよかったとうれしくなりました。

 

<大会期間中のランチ交流>

 大会参加の手話通訳者たちと一緒にランチ交流の機会がありました。同じテーブルにはパナマ、コロンビア、ベネズエラ、コスタリカの手話通訳者たちがいました。パナマとコロンビアの手話は似ているけれど、ベネズエラの手話はまったく違うということでした。また、ベネズエラの男性通訳者は精神科医で少年院でカウンセラーをしていて、ろう者が来たら手話で対応するということでした。いろんな職業についているんだなと思いました。同じ食事をして、手話通訳という共通の話題で話しができて、みんながとても身近な仲間と感じました。

   

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(文・写真/全通研理事 梅本悦子)

2017年7月21日 (金)

JD障害者のしあわせと平和を考えるシリーズ3

714日(金)、午後1時から「JD障害者のしあわせと平和を考えるシリーズ3」日本国憲法施行70年と障害者 障害者に生きる価値はないのか!-真に共に生きる地域社会の実現をめざして-が開催されました。

JD…特定非営利活動法人 日本障害者協議会の略)

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会場は、参議院議員会館の講堂でした。

参加者は約400人が集まりました。

全通研からは、JDのスタッフとして佐々木理事、お手伝いで栃木県から2人、千葉県から1人、そして全通研会員の方々や聴覚障害者が参加していました。

 

まず、福島智氏(東京大学先端科学技術研究センター教授)から、「生存権の豊かな保障が幸福追求を支える-日本国憲法を手がかりに考える障害者の幸福-と題して基調講演が行われました。

特に昨年起こった津久井やまゆり園のことをとおしてお話がありました。

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この話を受けて、尾野剛志氏(津久井やまゆり園家族会 前会長)に藤井克徳氏(JD代表)がインタビューをする形で話がありました。

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休憩後にパネルディスカッション「障害者に生きる価値はないのか!」と題して、五位渕真由さん(DPI障害者権利擁護センター相談員)、佐藤真智子さん(全国精神障害者団体連合会 事務局担当理事)、足立早苗さん(全国障害児者の暮らしの場を考える会)、大胡田誠さん(弁護士)の4人のパネラーから報告がありました。

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それぞれ障害のある当事者からの実体験に基づく報告がなされました。

その後、フロアーから意見交換がありました。最後に藤井克徳氏から、「安心を作り出すことが大事である。まだまだ悲惨な事故が起きているが、まさに全て障害のあることに関わっている。個人として尊重される社会を作り出すためには、障害者を取り巻く環境を変えていかなければならない。」とまとめがありました。

 基本的人権を守るためには、憲法のもつ意味がとても大事だと言うことを改めて感じる集会でした。

 

(文・写真/全通研会長 渡辺 正夫)

2017年6月27日 (火)

一般社団法人日本手話通訳士協会の第27回定期総会

6月25日(日)、一般社団法人日本手話通訳士協会の第27回定期総会に出席しました。

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会場は兵庫県西宮市にある武庫川女子大学です。

大阪駅から阪神電車に乗り換えて鳴尾駅まで向かいます。

私が阪神電車に乗るときは、縦縞のユニフォームを来て甲子園に阪神タイガースを応援しに行くとき!と決まっているのですが、今日は渡辺会長の代理で来賓としての出席なのでユニフォームもメガホンもありません。

ちゃんとご挨拶できるかなぁと不安でドキドキしながらの阪神電車でした。

 

 会場では通訳士協会の役員のみなさんが暖かく迎えてくださいました。

前日の「第15回日本手話通訳学会」から色々な準備や学会の運営、そして総会という流れでとてもお忙しいと思うのですが、小椋会長も川根事務局長もいつもと変わらず凛としたお姿と優しい笑顔です。

総会の冒頭では今年4月に急逝された林智樹さん(手話通訳士協会副会長)を偲んで黙祷が行われました。

林さんが20年近く前にアメリカで手話通訳者会議が開催されるときに日本の手話通訳者事情をレポート発表されるとき、私は全通研からの派遣で林さんの随行として参加させていただきました。

飛行機の中やアメリカで手話のことや全通研のことなどを色々とお話してくださり、今でもとても印象に残っています。

優しくて穏やかでコツコツと研究を続けられ、その成果を社会に還元されていたおかげで私もたくさんの書籍や情報に触れて学ぶことができました。

亡くなられたのはとても残念ですが、林さんと一緒に進めてきた運動をさらに力強く進めていきたいと改めて思いました。

 

 小椋英子会長は開会の挨拶の中で「私たち手話通訳者の身分が不安定な現状ですが、私たち自身が考えなければ他に誰も考えてはくれないし、変えていくこともできません」と話されました。本当にそうだと思います。

渡辺会長から預かった挨拶文にも、雇用されている手話通訳者の平均年齢が52歳で手話通訳者の育成をどう図っていくのか喫緊の課題であり、全通研、通訳士協会、ろうあ連盟の3団体の結束をさらに強いものにして進みましょうと書かれていました。

私は手話通訳者業界の中では相対的に若い世代ですが、社会人としては若いと言われる世代ではありません。今の小中学生が、「大きくなったら手話通訳者になりたい!」と思えるような夢のある環境づくりをしていきたいと思いました。

 

帰りの阪神電車では、来賓として参加されていた小出さん(全通研参与)と厚生労働省の引間さんと一緒になり、大阪の美味しいものや観光地、京都のお土産など楽しい話に花が咲きました。

総会では全国で活動している仲間やお世話になった人たちともお会いすることができ、たくさんの元気をいただきました。また、明日から頑張れそうです。えい、えい、おー!

                                    (文・写真/全通研理事 米野 規子)

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