2017年6月 8日 (木)

全国手話言語市区長会

67日(水)、8時半から全国手話言語市区長会の総会が開催されました。

会場は昨年結成総会が行われた都市センターホテルのコスモスホールでした。

 

市長さんらは77人が集まりました。

内閣府、文科省、厚労省の方々も来賓で参加しておりました。

 

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田岡克介会長の冒頭の挨拶で、現在290の自治体が加盟しているとの報告がありました。

今後も益々増えていくことが予想されます。

 

来賓紹介ということで、全通研もここで紹介を受けました。

その後、来賓を代表して、全日本ろうあ連盟の石野理事長、日本財団の尾形理事長、全国手話研修センターの黒﨑理事長が挨拶をしました。

 

その後、総会議事に入り、平成29年度の事業計画、役員体制などが決まりました。

特に手話言語法制定などで関係省庁や各政党への要請活動、自治体職員手話研修会、手話演劇祭を実施することが承認されました。また、手話を広める知事の会と合同でフォーラムを10月に開催されることも決まりました。

役員は、市区長会のブロック制と連動させるため、新たに4人の副会長が選任されました。

 

最後に「手話をめぐる全国の動き」と題して、久松事務局長からミニ講演があり、そして、厚労省の吉田室長が平成29年度事業の中で遠隔手話サービスと電話リレーサービスの説明が簡単にされました。

 

無事に総会は終了しました。

終了後、私と久松事務局長の2人で、この総会に出席していました枝廣直幹福山市長に面会し、この夏に行われる全国手話通訳問題研究集会の開催についての協力をお願いしました。枝廣市長から「ぜひ、福山へおいでください。楽しみに待っています」との言葉を頂戴しました。

 

また、嬉しい報告があります。泉明石市長が全通研の会員になってくれたことと京都府向日市の職員がつい3日前に会員になってくれたという報告がありました。この報告を聞いて本当に嬉しく思いました。一人一人の会員の一声が新しい会員を増やしてくれているのだと実感しました。会員増に向けて頑張ろうという気持ちでいっぱいになりました。

 

(文・写真/全通研会長 渡辺正夫)

2017年6月 7日 (水)

第 65回全国ろうあ者大会 in FUKUOKA

63日(土)、18時半から秋篠宮両殿下をお迎えして全国ろうあ者大会の前夜祭がありました。場所は博多駅すぐ側のホテルセントラーザ博多でした。

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今回、世界ろう連盟(WFD)の理事会を博多で開催しており、その関係でWFDの理事もこの前夜祭に参加しておりました。

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コリン・アレンWFD理事長もご挨拶をされましたが、ゆっくりと話をしてくれていましたので、国際手話も何となく分かりました。

余興では、手話ダンス、ひょっとこ踊りが披露されました。舞台上では、石野理事長、コリン・アレン理事長、ジョセフ・マーレー副理事長も楽しく踊っていました。

最後に、博多手一本でお開きになりました。

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64日(日)、10時から式典がありました。会場は、福岡国際センターでした。このセンターの後ろは港でした。丁度、豪華客船が停まっていました。

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全国から全通研の会員も大勢参加しておりました。元気の良い挨拶してくれて感謝の気持ちでいっぱいでした。

 

さあいよいよ始まりです。前日の前夜祭に引き続き、この式典にも秋篠宮同妃両殿下をお迎えして開会されました。今回の全国ろうあ者大会は、全日本ろうあ連盟が創立して70年を迎え、さらに全国ろうあ者大会が65回目の記念すべき大会となりました。

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全国から4千人以上の方々が、集まりました。

中西理事の司会で始まりました。内閣府、厚生労働省、文部科学省、県知事、市長からの挨拶がありました。全ての人が名前だけでなく、冒頭の挨拶は手話を使って挨拶をしていました。以前と比べて手話を使って挨拶をするのが当たり前のようになって来たのには、驚きです。

 

表彰では、3人の方の厚生文化賞、1人の厚生文化感謝状、そして、昨年度の全国大会開催県への感謝状の贈呈がありました。

 

また、この間、福岡市役所では、聴覚特別支援学校、70年のあゆみの作品・写真展が開催されていましたので、2時過ぎに会場に行きました。特に、第11回世界ろう者会議が東京で、199175日から11日まで開催されました。その時の懐かしい写真が展示されていました。

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記念すべき大会が博多で開催されましたが、その席に参加できたことは私にとって大きな財産となりました。これからも一緒に活動を続けていくことを確認できた大会となりました。

 

(文・写真/全通研会長 渡辺正夫)

2017年4月21日 (金)

JDF災害総合支援本部 報告会

4月18日(火)に12時半から4時半まで、衆議院第二議員会館で、
「JDF災害総合支援本部 報告会
~熊本地震1年 東日本大震災6年~
誰もが取り残されない復興とまちづくりに向けて」
が開催されました。
 
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多くの参加者が集まり、熱心に報告を聞いていました。
まず、東北からの報告が3人からありました。
その後、内閣府の担当者から避難所の運営についての報告がありました。
中でも導線や障害者などの配慮を工夫した避難所の例として愛知県のものが示されました。
 
 
次に「インクルーシブな災害支援とその後に向けて(熊本の現場から)」というテーマで東俊裕氏から基調報告がありました。
まだまだ障害者の視点が抜け落ちてしまっている状況が報告されました。
それを改善するためには、障害者自身がもっと行政に対して日頃から訴えていく必要があると強調していました。
 
 
 
休憩を挟んで、パネルディスカッションが行われました。
 
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藤井克徳氏がコーディネーターになり、熊本市手をつなぐ育成会、郡山市聴力障害者協会、
熊本県健康福祉部障がい者支援課、河北新報から4人のパネリストから発表がありました。
 
それぞれ実体験に基づいて話がありました。
特に印象に残ったのが、東日本大震災で仮設住宅がバリアフリーになっていなかった問題があったが、熊本で活かされていないこと。
また、食糧を手に入れるためには列に並ばないともらえない。
しかし、発達障害などの子どもは並ぶことが困難であると訴えても「平等ですから」と言われたとのことでした。
 
また、日頃の地域の状況が避難所の運営に反映される。
どう地域を日頃から耕していくのかという視点が大事であると言われたことも強く印象に残りました。
いつ起こるか分からない災害について、改めてこれまでのことを忘れてはダメだと再認識した報告会でした。
 
 
(文・写真/全通研会長 渡辺正夫)

2017年2月28日 (火)

「手話通訳問題研究」140号『ちょっと聞いてよ 千葉支部の巻』の取材

「手話通訳問題研究」133号から始まった『ちょっと聞いてよ 〇〇支部の巻』シリーズ。
設立された支部の順に研究誌部員が訪問させていただき、支部の歴史や、
現在の取り組みの様子、また思いなどについてお聞きしています。
 
 
今回は千葉支部を訪問しました。
2017年2月26日、東京都内では「東京マラソン2017」が開かれていましたが、千葉県はそのお隣です。
JR本千葉駅から徒歩約10分弱で、会場の「千葉聴覚障害者センター」に到着しました。
 
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この日の午前中は、各地域班の班長が集まっての地域班会議(年4回)、
午後から毎月の定例役員会が開催されていました。
地域班会議は、千葉県内各地から多くの方々が集まられ、総勢29人の会議でした。
千葉県といっても、公共交通機関が十分に整備されていない地域もたくさんあるそうです。
それでも休日の朝早くから集まられ、熱気に溢れた会議でした。
今年度最後の地域班会議ということもあり、会場内にはちょっとしたお心遣いの品が…。
 
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私は、このような心温まる、さりげないお気持ちやおもてなし、お気遣いが全通研を
陰で支えている一人ひとりの会員さんの真の姿ではないかと感じています。
会議は、渡辺組織部長(全通研会長)が、会議議題に沿ってテキパキと進めていかれます。
今回、千葉支部を取材させていただき特筆すべきは、3年連続で支部会員の最高記録を
更新されていることです。(2014年度:362人 2015年度:365人 2016年度:366人)
着実に会員数を増やしている秘訣は一体何でしょうか? 5月に発行予定の140号をお楽しみに!!
今回、予定の取材時間をオーバーしても、みなさん最後まで丁寧に取材に応じていただきまして、
本当にありがとうございました。
千葉支部のパンフレットに書かれているモットー「全員主役 全員集合 全員笑顔」を随所で拝見できる取材でした。
研究誌では3ページでの掲載になるため、ご紹介いただきました全ての内容を掲載することは叶いませんが、
一つでも多くの事柄が掲載できるよう、これから原稿作成に取りかかります。
千葉支部のみなさん、お世話になりました!
 
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(文・写真/研究誌部員 岩谷誠司)

2017年1月24日 (火)

中国ブロック「手話通訳制度を考える担当者会議」学習会

1月22日(日)午前に開催される中国ブロックの「手話通訳制度を考える担当者会議」学習会
(会場は岡山市)の講師を依頼された。
調べてみると岡山は近い。西明石から新幹線に乗れば家から会場まで90分かからない。
ちなみに全通研事務所(京都)までは2時間はかかる。
今回の電車のお供は電子ブックの「クライマーズ・ハイ」(横山秀夫)。
といいつつ電車に乗っている時間は1時間もなく少し読んだら岡山に到着である。
家を出るときは雨がぱらついていたが岡山は終日おだやかな晴れだった。
 
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快晴の岡山駅
 
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会場のときめきプラザ
 
 
会場について持参したパソコンとプロジェクターとのコネクター(Macなので特殊形状)を
家に忘れてきたことに気づきあわてて現地でパソコンを借りるはめに。
加齢を感じる瞬間だ。
 
 
学習会のテーマは「「全通研がめざす手話通訳制度」まとめと今後について」ということで、
2年越しの学習運動についての総括と今後の取り組み方針について、午前中 話をする。
特効薬的な即効性のある戦術はまだ提示できない中ではあるが、情勢(政府の動きは
厳しいが地域や団体の取り組みはプラス)を踏まえた取り組みの重要性を説明する。
 
 
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午前の学習会
 
 
 
午後からは午前の話を踏まえて、茶菓を交えながら各支部からの制度化の報告と意見交換会。
鋭い中にも笑いを盛り込みながら、中国ブロックでの制度の着実な前進を感じた1日だった。
 
 
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午後の意見交換会
(文・写真/全通研事務局長 伊藤正)

2016年12月22日 (木)

 藤田保氏の「保健文化賞」の受賞を祝う会」

12月18日(日)、大津市のロイヤルオークホテルのローズオーキッドで、
藤田保氏の「保健文化賞」の受賞を祝う会が開催されました。
全通研を代表して、渡辺が出席しました。
 
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当日は、暖かなそして天気も快晴でとても良い日になりました。
約100人の参加者をもって盛大に開催されました。
 
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藤田保氏は、聴覚障害がある医師として精神保健相談や勤務する病院で聴覚障害者外来の実践、
学生への教育などを行うことで、聴覚障害者の精神保健や福祉の向上に貢献してきました。
その功績が求められ今回の受賞となりました。
 
この保健文化賞は、戦争の傷痕が深く残り、衛生環境が悪化する状況にあった1950年に
我が国の保健衛生向上のために役に立ちたいと考え、保健衛生の分野における立派な業績と、
長年にわたるご苦労に対し感謝と敬意を捧げるために創設されたものです。
 
たくさんの人からお祝いの言葉がありました。
 
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その後、ご本人からお礼の言葉がありました。
 
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藤田氏は「国語の先生にとにかく本を読め」と言われ、そのことを忠実に守ったとのこと。
読んだ本の中に無医村で活躍する医師の話があったそうです。
自分はそのとき、無医村の医師として頑張るんだと思ったそうです。
しかしながら、医師になってすぐに腫瘍のため耳が聞こえなくなってしまい、
無医村のことは諦めざるを得なかったそうです。
耳が聞こえない医師として何か出来ないかと考え、聴覚障害者のために奮闘されたそうです。
 
そのとき感じたことは、「聴覚障害者にとって病院は、無医村と同じだ」ということです。
自分は実際に無医村の医師にはなれなかったが、聴覚障害者にとっての病院を
無医村にしないと心に誓ったそうです。
 
その言葉を聞いて、本当に藤田先生が感じてきて実践されてきたことが
非常に聴覚障害者にとって大切な事をしてこられたのだと感じました。
 
あっという間に2時間半という時間が過ぎてしまいました。
これからも聴覚障害のある医師としてご活躍されることを期待し、会場をあとにしました。
 
 
(文・写真/全通研会長 渡辺正夫)

2016年12月 2日 (金)

第22回 全国中途失聴者・難聴者福祉大会in奈良

11月27日(日)に、第22回 全国中途失聴者・難聴者福祉大会in奈良(まほろば大会)に行ってきました。
 
26日は4つの分科会に分かれて討論、夜は懇親会で交流されたようです。
27日は午前に式典とミニシンポジウム、昼食をはさんで漫画家の里中満智子さんの記念講演があり、
28日は奈良観光が予定されています。私は大会式典に出席してきました。
 
 
急に寒くなった11月最後の日曜日は、あいにくの雨。
寒さに震えながら近鉄奈良駅に降り立ったのですが、雨の中で要員の方が
プラカードを持って道案内をしてくれました。
でも奈良の駅前は、紅葉を楽しむ大勢の観光客でいっぱいでした。
会場の奈良文化会館周辺も、真っ赤や黄色に色づいた木々の葉で彩られていました。
 
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9時40分、時間ぴったりに式典が始まりました。
来賓祝辞、祝電の披露、来賓紹介、大会表彰と進んでいきましたが、
私たちはいつも手話通訳者と話者が映るスクリーンに慣れていますね。
舞台に手話通訳者はいるのですが、字幕だけのスクリーンがとても新鮮でした。
 
 
ミニシンポジウムでは、「中途失聴者・難聴者と聴覚障害者情報提供施設」をテーマに、
小中栄一さん(NPO法人全国聴覚障害者情報提供施設協議会理事長)と新谷友良さん(全難聴理事長)が
佐野昇さん(全難聴事務局長)の司会で意見を述べ合いました。
 
「情提施設」を柱としたシンポジウムは初めての試みということで、それぞれ現状と課題を出し合い、
これから全難聴と情提施設がもっと連携を密に、共同で要望活動をするなどの取り組みもしていこう
という話がされました。
 
会場ロビーでは、かわいい聴導犬訓練生(?)が参加者の胸をキュンキュンさせていました。
 
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雨だったので、奈良公園の鹿は見かけませんでしたが、商店街のアーケードにはしっかり鹿がいました。
 
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(文・写真/国際部長 梅本悦子)

2016年10月24日 (月)

アジア手話通訳者会議inシンガポール

今年もアジア手話通訳者会議が開催されました。
毎年、世界ろう連盟(WFD)アジア地域事務局代表者会議(以下、WFDアジア会議)に
合わせて開いています。
 
全通研は世界手話通訳者協会(WASLI)アジア地域理事なので、WASLIアジア手話通訳者会議
(以下、アジア手話通訳者会議)は主催者の立場で、事前準備から当日の進行・記録まで担っています。
そのアジア地域理事としての活動を全通研がバックアップしているということで、
梅本国際部長、内田国際部員、奥田国際部員の3人が出席してきました。
 
2016年10月10日(月)~13日(木)にシンガポールで開かれた会議の様子を報告します。
 
 
 
【第28回WFDアジア会議と第7回アジア手話通訳者会議】
 
WFDアジア代表者会議と並行して通訳者会議が開かれますので、
開閉会式やパーティーなどでは会議代表者として挨拶や報告を行います。
 
9日夜中に関空を出発し、6時間少しの飛行でシンガポール・チャンギ国際空港に到着しました。
時差は1時間ですので、早朝5時過ぎです。
まさかこんな時間に迎えの人は来ていないだろうと思いながらもきょろきょろしたのですが、
やはり見当たらない。チャンギ空港はとても広くて到着ロビーも3つあります。
ここを動いたらかえって行き違ってしまうと思い、スーツケースにもたれながら待っていると、
目の前にWFDのロゴを印刷した紙を持って通り過ぎる人が!朝早くから空港に迎えに来てくれた
シンガポールろう協の人に感謝しながら、会場であるYWCAフォート・キャニング・ロッジに行きました。
知っている数少ない国際手話とジェスチャーを駆使して、「朝早くからありがとう」「大変でしょう」など
コミュニケーションをとりました。
 
 
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(YWCAホテル)
 
 
10日の夜は、歓迎のカクテル・パーティーです。
シンガポールろう協のヤンミンさんの
「交流がメインですから、スーツとか着なくていいですよ。気楽な服装でどうぞ」
という言葉に、みんなリラックスして各テーブルでおしゃべりに花が咲きました。
 
 
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(参加国の国旗が準備されていた)
 
 
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(インドネシアの通訳者と)
 
 
11日から会議開始です。
定刻の9時を少し過ぎて開会式が始まりました。
WFDアジア代表者会議、WFDアジアユース、WASLIアジア各代表からの挨拶と写真撮影がありました。
いつもは閉会式で国別や組織別に写真を撮るのですが、確かに時間がかかることもあり、
最初に撮るのもありかなと思いました。でも、開会式に出席できない通訳者がいて、結局
最後にも記念写真を撮りました。
 
 
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(各国の手話通訳者たち)
 
 
10時半から会議本番です。
ここでもシンガポールろう協は小さな国旗を準備してくれていました。まず自己紹介です。
参加国は、韓国、タイ、バングラデシュ、インド、マカオ、マレーシア、イラン、フィリピン、
インドネシア、ベトナム、台湾、香港、シンガポール、カンボジアと日本の15カ国で、
国代表とオブザーバーで35人くらいの参加です。過去最高です!
 
イランとバングラデシュは初参加。アジア手話通訳者会議を継続して開催している成果の1つと思います。
そして、WASLI会長のデブラ・ラッセルさんがずっと参加してくれ、アジア各国の現状を
聞き取ってくれたことはとてもうれしいことでした。
議長にフィリピンのジョンさん、議事録の記録者にシンガポールのクローディンさんとチャンさんを選出しました。
9月に行われたWASLI理事会の報告、前回のマカオ会議議事録の確認に続いて、
年に数回アップデートしている「アジア手話通訳者状況アンケート」の内容の追加修正や、
自国の最新トピックスを出し合いました。
 
 
韓国は1,320人の通訳者がいて、高等教育の遠隔リレーサービスもしている。
韓国手話法が成立した。今年は指導者の資格認定制度を作ると報告。
インドでは22の手話言語があることや通訳者研修の新コースが始まったことが話されました。
マカオからはテレビ通訳で、これまで朝の10分間ニュースだけだったのが10月から夜の2時間ニュースに手話通訳がついたことが話されました。
台湾は通訳者が400人で、養成も全国的に行われていること、
ベトナムからは教育関係やテレビ通訳などしているが、ボランティアとして見られていることなど報告がありました。
タイからは、まだ認定制度はないが2年前から通訳謝金が出ていると報告がありました。
初参加のイランからは、通訳者は100人以上いるが、活動しているのは30人くらい。
音声言語は多くの方言があり、手話にも影響していること。
学校で手話が禁止されていることなどの話がありました。
バングラデシュからは、ろう者と手話通訳者の協働の課題を初めさまざまな課題を抱えている。
問題解決のためWASLIの力を借りたいという報告でした。
いくつかの国から、国連障害者権利条約が成立し、政府・行政からの手話に対する見方が変わってきたという話が出ました。しかし、手話通訳に対する理解がまだまだ不足していること、職業として成り立たないこと、指導者の養成などの課題も出されました。
 
 
会議の他、プレゼンテーションもありました。
日本手話通訳士協会の三澤さんは「日本の手話通訳者養成カリキュラム」をテーマに、
WASLIのデブラ会長は「ろう者と通訳者の協働」について、
そしてフィリピンのジョンさんとナティさんからは「フィリピンの手話通訳:活動と課題」を
テーマに発表があり、みんなで学習をしました。
 
今回、支援した国はカンボジアです。
まだ手話通訳者組織がなく、設立するために準備を進めているところです。
会員のみなさんの会費から支援しました。
 
 
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この会議では、3つの会議が並行して開催されています。
WFDアジア事務局代表者会議、WFDアジアユース会議、そしてWASLIアジア手話通訳者会議です。
いつもは、閉会式で各会議報告があるのでその心づもりはしていたのですが、
12日に突然「今日の午後4時から報告会をするから準備するように」と言われました。
突然の変更は想定内ですが、12日夜に原稿を準備しようと思っていたので大慌て!
原稿にまとめたのはいいのですが、通訳がいない。
 
 
私は国際手話ができないので、いつも全日本ろうあ連盟のメンバーにお願いしていました。
今回は無理ということで、韓国の手話通訳者のリディア・コーさんに急きょ国際手話通訳をお願いしました。
彼女はとても真面目で、私が読み上げる英語を聞いて国際手話通訳の練習を一生懸命してくれました。
 
 
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(マレーシアのろう通訳者に教えてもらい練習中)
 
 
【シンガポール博物館と戦争の歴史】
10日早朝にホテルについたのですが、チェックインは午後2時からと断られました。
6時間もロビーで座っていることもできず、ちょうどデブラ会長も到着したので、
同行した内田国際部員と3人で近くを散歩することにしました。
シンガポールはとても暑くて湿度も高く、5分も歩けば汗びっしょりになります。
その代わり、かわいい南国の花がたくさん咲いていました。
 
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 坂を少し下ったところにある、シンガポール博物館に行きました。
シンガポールの歴史が展示されているのですが、太平洋戦争で日本軍がマレー半島に侵略してきたこと、子どもたちへの日本語教育などが展示されていました。
私たちに直接の責任はありませんが、未来を考えるとき過去をきちんと学び、悲しい歴史を2度と繰り返さないと胸に刻むことの大切さを感じました。
 
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【ツアー観光】
 シンガポールろう協が企画してくれたナイトツアーに参加し、各国の通訳者やろう者と交流しました。
黒川紀章氏がデザインした巨大観覧車と、近未来をテーマにした大型植物園として有名なガーデンズ・バイ・ザ・ベイでの巨木をイメージしたスーパーツリーのライトアップと、音楽に合わせて光の色が変化するナイトショーを見て、マリーナ・ベイ・サンズを「通り抜け」ました!見ただけでしたが、どれもほんとうに「巨大」でした。
 
 
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(巨木のツリー)
 
 
 
【閉会式】
 3日間のお礼と会議の成果を発表し、再会を願って参加者全員で記念写真を撮り、閉会しました。
 
 
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(閉会式での報告)              
 
 
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(参加者全員で)
 
 
(本文/全通研国際部長 梅本悦子)

2016年9月30日 (金)

相模原事件を考える緊急ディスカッション

今日は、JDの相模原事件を考える緊急ディスカッションに参加しました。
まずは、国会議事堂前駅から。よく考えるとすごい名前の駅ですね。

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それから、会場の参議院議員会館前を目指しました。
敷地内はダメだけど、一歩出た道路からなら写真を撮ることができました。
 

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わたしは、スタッフ参加なので、集合は、12時15分。しばし待機です。写真も撮れません。
 
会場設営が終わるといよいよ開場です。
 
今回のディスカッションは、180人の定員のところ、275人もの申し込みがありました。
渡辺会長も見えていました。せっかくなので、パチリ。
 
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はじめに、事件で亡くなった方々への黙祷。
JD代表の藤井氏のあいさつがあり、その後、当事者などから発言がありました。
  
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指定発言や会場からの発言を受け、最後に藤井代表が、
「今回の事件は、日本社会の投影であり、縮図である。
私たちの障害者運動が無力であったことの敗北感を覚える。
19名が殺害された。そして、匿名報道という社会からの黙殺という二重の殺害が起きた。
この匿名報道は、家族の希望という話もあるが、それは、社会がそうさせたと言える。
優生思想が取上げられているが、私たちには、障害者の権利条約を受けて、
内なる差別、排他的な差別と闘っていかなければならない。
今日は、きっかけ。今後、このディスカッションは継続していきたい」
とまとめられました。
 
このディスカッションに参加をして、色々な人が傷つき、考え、活動をしていることを知りました。
これからもこのような機会があれば参加し、全通研にも発信していきたいと思いました。

(文/写真:佐々木良子理事)

2016年9月23日 (金)

世界手話通訳者協会(WASLI)理事会に参加しました

 全通研はWASLIアジア地域理事を担っています。WASLIでは、毎月1回スカイプを通じての会議と、年に1回顔を合わせる形で理事会を行っています。その理事会が、9月7,8日の2日間、ギリシャのアテネで開催されました。スカイプ会議は時差があるので、なかなか参加することができません。ですから、みんなが集まる理事会には積極的に参加しています。今回は、国際部員の長崎さんと2人で行ってきました。

 海外に行くときは、日本の出発時間、乗り換えの待ち時間、航空会社の安全性、そしてもちろん航空運賃を比較して便を決定します。今回は、ドバイ経由でアテネに向かいました。関空から10時間余りの飛行で朝5時にドバイに着いたのですが、一番涼しい時間帯なのに35度!ターミナルビルに向かうバスに乗るため、タラップから降り立った途端に「ガーン」というような湿気を帯びた熱風が吹いてきます。5時間待ってアテネ行きに乗り換えました。飛行時間だけで日本から15時間弱の旅です。

 アテネ空港からメトロに乗って、ホテルがあるオモニア駅まで行くのですが、メトロも1回乗り換えがあります。日本でも英語で駅名アナウンスがありますが、発音って気にしませんよね。私も普段は「ゆっくり言ってるから、外国人でもわかるだろうな」と思っていました。でも、海外では次の駅はどこかを聞き逃さないように、全身を耳にして注意していても発音が聞き取れないのです。日本に来ている外国人も苦労してるんだろうなあ!そして、いつも乗り物では「目」で集中しているろう者の気持ちも、ほんの少しだけど体感しました。
ギリシャでも、まずギリシャ語で言ってから英語でアナウンスがありました。電車のドア上に、日本と同じように路線図もあります。駅名も英語で書いてあります。でも、そのアルファベットと発音が想像をはるかに超えて一致しないのです。乗り換えのシンタグマ駅まで15駅。長崎さんと2人で、駅の表示と路線図の駅名を見比べながらの珍道中でした。

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【理事会】
 9月7,8日の2日間、開きました。WASLI理事会は、デブラ・ラッセル会長(カナダ)、ジョゼ・エジニウソン副会長(ブラジル)、イザベル・ヘイリエック事務局長(ベルギー)、スーザン・エマーソン会計(オーストラリア)、8人の地域理事の12人と、ナイジェル・ハワードろう通訳者アドバイザー(カナダ・ろう者)とで構成されています。今回の理事会出席者は4人の役員とクリストファー・ストーン理事(ヨーロッパ・7日のみ)、アンナ・コマロワ理事(トランスコーカシア・8日のみ)とアジア理事の私です。
 南洋州・オセアニア理事、アフリカ理事、バルカン理事とろうアドバイザーはスカイプ参加。残りの北米理事とラテンアメリカ理事は欠席でした。

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▲左手前からクリストファー、イザベル、ジョゼ。後ろ左から私、デブラ、スーザン
 
 
 会議は、ホテルの一室で行われました。議題は、イスタンブール理事会記録の確認、役員報告、地域理事報告、WASLI戦略の見直し、WASLI公式所在地計画、トルコ大会紀要の発行について、資金調達、ソーシャルメディア、WASLIグッズ、国際ろう週間賛同のプロモーションビデオ撮影、2019年WASLIパリ大会への準備と盛りだくさんです。これらの議題を、2日間朝8時半から夕方5時までびっしり論議します。議題の合間に欠席の理事からスカイプで報告や検討課題が提案されます。
 
日本が国際舞台で活躍するときの一番のネックは、言語だとつくづく思います。トルコ大会で理事が交代し、今回初めて顔を合わせるので、まず自己紹介と近況報告をしました。その時、私は「英語は得意ではない。しかし、理事として論議にきちんと参加したいので、ゆっくり話したり、イエローカードを出したらわかりやすく説明するなど、配慮と協力をしてほしい」と伝えました。みんなは「当然!みんなで協力して会議を成功させよう」と言ってくれるのですが…。確かに私に話しかけるときは、ゆっくりの英語でしたが、お互いに話すときは全くのネイティブ。「私はそこもきちんと聞き取りたいのよ」と心の中で叫びましたが、イエローカードは出せずじまいで、わからないところは前後の文脈から想像していました。聞こえる人たちに囲まれたろう者の人たちは、きっとこんな気持ちなんだろうなあ!Wi-Fiが使える部屋でしたが、全員がつなぐと弱くなりスカイプがうまくつながりません。1台のパソコンだけつないで、交代でコミュニケーションしました。
 
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各地域で共通していたのは、同じ地域の通訳者とコミュニケーションを取る、情報を共有し協働するといったことですが、課題は通訳者の養成ができていないこと、多くの島から成り立つ国ではろうコミュニティがないこと、手話の統一ができていないことなどでした。オセアニアからは、オーストラリアやニュージーランドなど手話通訳制度が進んだ国と、フィジーや他の制度の遅れた国が一堂に会して会議することの難しさが出されていました。アフリカからは、54カ国もある広大な地域なので東西南北と中央に地域を分け、それぞれに組織を立ち上げるという報告がありました。また、紛争地域での通訳活動の困難さや、言語の違いによる大変さも報告されました。法的な位置づけのなさや通訳報酬の取り決めがなく無報酬のところがあることなどもありますが、アフリカはどんどん発展しているという感じを受けました。トランスコーカシアは、まず各国のデータベースを更新することが課題として出されました。アジアでは各国の通訳状況についてアンケートを取っていることを話し、結果の一覧を見せると「とても参考になる」と喜ばれました。
 
 アジアからは、全体の報告に加えて1月のフィリピンとインドネシア視察の報告をしました。そして、全通研『研究誌』と全通研紹介パンフの英語版を配り、この8月に集約された5年ごとに行っている「雇用された手話通訳者の労働と健康についての実態調査」の結果についても報告しました。
 全通研としては、回答率が下がって70%になったことを課題ととらえていますが、イギリスのクリストファーは「70%はすごい!僕がやった時は、12%だった」。報告書を見せると、またまた感心していました。全通研の運動のすごさと認識の高さを、改めて感じました。
イザベルは「ベルギーの通訳者は女性95%で、男性が5%よ」。クリストファーは「イギリスも男女の割合は日本と同じ。なぜ女性がそんなに多いと思う?日本の通訳者の数は十分か?通訳者を増やすために、日本政府への働きかけはしている?」といろいろ質問してくるなど、日本の状況をとても興味をもって聞いてくれました。
 また、ジョゼは「この『研究誌』はとても面白い。毎回英語にして発信したほうがいい」。アンナからは海外の手話通訳者養成は大学が多いこともあり、日本式の養成制度への関心が寄せられました。私たちが行っている活動を、もっと世界に発信することが大事と思いますが、顔を合わせて話し合うからこそ内容が深まるのだとも思います。
 
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 2日目に、突然「国際ろう週間へのメッセージビデオを撮る」ということになりました。日本手話で構わないということなので、即席でシナリオを作り長崎さんと「掛け合い」をしました。フェイスブックにあげるということですが、どんな風になるのでしょう?興味がある人はWASLIのフェイスブック(https://www.facebook.com/wasli.official/)を覗いてみてください。
 
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 私は決して英語が流暢に話せるわけではありません。単語だけ並べるのもしょっちゅうです。でも、全員が通訳者なので、コミュニケーションという共通の「思い」を持っています。つまり、相手の言うことをきちんと聞く、自分の言いたいことを相手に伝わる方法で伝える、ということです。ですから、私の言いたいことが英語で見つからない時は、表情と日本手話をします。日本語も日本手話も知らない理事たちですが、不思議とみんな受け止めてくれます。英語で「こういうこと?」と返してくれたり、「そうだよね」と相づちを打ってくれたり。通訳者って、ほんとうにみんな素敵です。
 
 
【ヨーロッパ手話通訳者フォーラム(efsli)の総会とガラパーティー】
 9月9日9時半からefsliの総会があり、その後ヨーロッパ手話通訳者大会が開かれました。開会式にWASLI理事のメンバーとして出席。各国の代表者が紹介され、最後に「遠くから来た仲間」としてWASLIが紹介されました。みんなで手を振り、エールの交換です。総会の司会をろう者がしていたので、びっくりしました。
 
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 10日の夜は、ガラパーティーです。サマーフォーラムの交流会のような感じですが、日本のように主催者挨拶、乾杯の音頭、スピーチなどまったくありません。それぞれのテーブルで適当にワインを注ぎ、テーブルごとに乾杯して食事をします。バイキングだったので、ここは日本と同じようにみんな並んで順番にお料理を取りに行きました。いろんな人とおしゃべりを楽しみ、情報を交換しているうちにくじ引きが始まりました。最後は、資金調達のためのオークションです。お酒も入っているので、どんどんせり上げて小さなぬいぐるみが200ドルくらいで落札されて、みんなで拍手!実行委員メンバーによるグリークダンスが終わると、締めの挨拶もなく三々五々席を立ちます。ほんとうにいつ始まって、いつ終わったのかわからないのが欧米風です。
 
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【テレビ通訳】
 現地テレビ局の番組で、手話通訳がついているのを見つけました。それぞれ別のテレビ局ですが、ギリシャ語の放送は画面が大きく、アラビア語の放送は小さなワイプでした。残念ながら何を言っているのか、どんな手話なのかさっぱりわかりませんが、日本なら怒られそうなヘアスタイルの通訳者ですね。でも、とてもきれいな人でした。
 

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【ギリシャ・グルメと街並み】
 食事は、いつでもエネルギーの元!理事会でも昼食、夕食を一緒にとります。デブとイザベルはベジタリアンなので、野菜料理を注文。私たちはギリシャを代表する料理の「ムサカ」を頼みました。「ムサカ」はひき肉とナスやジャガイモを容器に重ね、ホワイトソースをかけて、最後に粉チーズを振りかけてオーブンで焼いたものです。日本人に馴染みやすい味でとてもおいしいのですが、量が…。私は3分の2しか食べられませんでした。
 ここでもWASLI理事の弱点が!それぞれ自分が食べた料理のお金を出したはずなのですが、なぜかテーブルにはお金が余ってしまって。この写真は、みんなで「おかしいよね」「私はちゃんと出したわよ」と言い合っているところです。夕食もお金が余って、結局WASLIに寄付するということで決着がつきました。日本では、ほぼあり得ないですよね。いつも「数字」で混乱するWASLIです。
 
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 お菓子もとてもおいしいです。ほとんどのスイーツはハチミツをたっぷり使っているので、それはそれは甘いのですが、イヤ味な甘さではないのでついついつまんでしまいます。日に日に成長するウエストとの闘いでした。
 
 私たちが宿泊していたホテルは、アテネの繁華街から2駅離れたオモニア地区です。落ち着いた雰囲気の地域で、怖い思いもまったくしませんでしたが、ギリシャの財政破綻の結果ともいえる状況を垣間見ました。ビルが並んでいるのですが、テナントが倒産したのか無人で荒廃したビルが多い!中を見ると、まがった鉄骨に崩れ落ちたコンクリートの破片が散らばっていて、ビルの表は落書きでいっぱいです。夜はその地域は街灯がないので、ビルの灯りで道路が明るいのです。空っぽのビルが立ち並ぶ通りは、夜は真っ暗闇。とても歩ける状況ではありません。人々はとても明るく、親切で、元気がいいのですが、道端には物乞いの人も目につきました。
 空港から中心部へのメトロの中も、突然音楽が聞こえてきたと思ったら、3,4歳くらいの子どもを先頭にお父さんらしき人がアコーディオンを弾きながら、列車の中を歩いてきます。子どもの手には半分に切り取ったペットボトル。中にはコインがいくつか入っていて、それをガチャガチャ鳴らしながら乗客からお金をもらっています。物乞いではなく、音楽を聞かせてお金をもらうのですから、労働と言えなくもないけれど…。小さい時からそんな親の手伝いをさせられている子どもたちの心は、どうなのかしらと考えてしまいました。
 
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【アクロポリス】
 ギリシャと言えば、アクロポリス神殿。どうしてもこれだけは見たいと思っていました。街を歩いていると、ビルの隙間から丘の上の遺跡が見えます。紀元前12世紀ころから人々がこの同じ道路を歩いていたのかと思うと、ワクワクしてきます。
 アテネは34度くらいあってとても暑いのですが、湿度が低いらしく木陰に入れば涼しく、そよ風でも吹いてくれれば極楽々々。でも、アクロポリスの丘はほとんど日影がなく、水分補給で大変でした。神殿はまだ修復中で中にクレーンが設置されていますが、柱の大きさには圧倒されます。運搬も人力でしたのでしょうが、どうやって運んだのかしらというような巨大な大理石がドドーンと立っています。
 彫刻や彫像などギリシャ全土からの出土品は、国立考古学博物館に収蔵されています。歴史の深さを感じ、見事な展示品に心奪われました。
 
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【2019年WASLIパリ大会】
 次のWASLI世界大会は、パリです。理事会でも、準備に向けての論議もしました。パリ中心部ではなく、少し郊外の交通の便がいいところで開催しようという話になっています。内容が決まりましたらみなさんにお知らせします。ぜひご一緒に!
 
(国際部長 梅本悦子)

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