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2025年12月26日 (金)

2025年度けいわん患者の交流会

2025年度けいわん患者の交流会

 

 「けいわん患者の交流会」を、20251213日・14日に福島県福島市で開催しました。

 1213()12時過ぎに東北新幹線にて福島駅に到着。到着前に東北新幹線から外を見ると、広い平野の向こうに雪がうっすらと積もったなだらかな山が一面に見えました。はじめての福島にわくわくしました。

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2_20251226155501 3_20251226155401  垰田先生

 福島駅西口には、福島市名誉市民の作曲家・古関裕而氏のモニュメントがありました。音楽業界から初めて野球殿堂入りした作曲家です。朝ドラ「エール」の古関裕而の生涯を視聴していたので興味津々です。また、福島駅から会場の福島テルサまでは、まっすぐのびる古関裕而ストリートがあり、不滅の古関メロディーを楽しめるスポットがいくつもありました。垰田和史先生と一緒にストリートを歩き、音楽を聴きました。「古関裕而メロディーボックス」というものがあり、野球に関連する歌が5曲、それぞれのボタンを押すと曲が流れました。

 

 さぁ、お昼ご飯も済ませ、いよいよ、けいわん患者の交流会が始まりました。13時から受付、14時から垰田先生の講演「自ら学ぶ頸肩腕障害と予防」です。

 司会は中島純子理事で、伊藤利明部長の挨拶から始まりました。

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     中島理事               伊藤部長

 

 講演では、頸肩腕障害の症状の経過や、患者さんの書いた手紙が読めないくらい乱れた文字だったと紹介されました。けいわんの症状が重い時には、小さな字が書けず、それでも懸命に書いた字は大きくて、よれたような字で、その方の本来の字とは程遠いものだったというお話がありました。そしてそのような状態でもご自身のつらさやそれを診てくださっている先生への感謝が綴られていました。どんなに苦しい思いをされたのかと思うと同時に、改めて予防の大切さを学びました。予防の為には、各自治体でけいわん健診を実施し、手話通訳の環境を整えることは大事だと認識しました。

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 講演後、参加者からいくつか質問がありました。「手話通訳者の適性はあるのか?」に対して、垰田先生より「手話を学んでいく中で自分が手話通訳者として適正があるのか判断していくことは大事だ」 と答えてもらいました。

 また「ろう通訳者もけいわんになる可能性があると思うが、どうしたらよいか?」に対して、「ろう者にも手話通訳者の現行の問診票を使ったら良い」と、垰田先生が回答されました。

 

 後半は、グループワークでの意見交換と、別室での個別相談を行いました。

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 何冊か準備していったけいわん関係の書籍やDVDを参加者に販売できました。

 今回、地元福島でけいわん健診を行っている医師の参加があり、地元との関わりがさらに強くなったのではないかとうれしくなりました。

 

 1830分から、会食交流会を福島駅の近くで行いました。地酒と名物の円盤餃子や「いかにんじん」という人参とイカの和え物など、初めて食べる地元のお料理でお腹いっぱいになりました。町はクリスマスのイルミネーションで、とてもきれいでした。ホテルに帰る途中、気温計を見ると0.9度と、とても寒くなっていましたが、会食交流会で親交を温めた後の私たちは、それを感じないくらい心がぽかぽかでした。

 

 次の日は、雪景色に雨の降るお天気となっていました。

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観光キャラクター「ももりん」  雪道を転ばないように!

 

 9時に福島駅東口に集合し、まず、コラッセふくしまに行きました。集合場所は、福島市の観光PRキャラクター「ももりん」の前です。ももりんの頭にも雪が積もっていました。近くのコラッセふくしままで雪道を散策です。愛媛から来た私の靴はびしょびしょでしたが、福島の方は、雪でも大丈夫な靴を履いていました。

 コラッセふくしまには展望ラウンジがあり、福島市内を一望できます。吾妻連邦、阿武隈川、福島盆地を見渡せました。新幹線が走っているのも見下ろせ、ジオラマのようでした。

10_20251226155401コラッセふくしま

11_20251226155401 12_20251226155401 福島市内を一望

 

 1階には福島県観光物産館があり、県内のお土産として、お酒や食料品、民芸品がたくさんありました。

13_20251226155401 14_20251226155301 お土産がいっぱい

 福島駅のすぐそばの「こむこむ館」にプラネタリムがあります。プラネタリウムには暗闇や星空、ナレーションや音響に包まれることで、心と体のリラックスを促進して、ストレスを軽減する効果があるそうです。プラネタリウムで眠くなるという方は、その効果が出ている証拠です。今回は11時からの「ももりんとほしぞらであそぼう!~冬~」を鑑賞しました。 ゆったりとした椅子に座り、冬の星空の説明を聞きました。今まで何回もオリオン座と冬の大三角形の話を聞いていたのに、やっぱり忘れていました。もしかしたら、いつも私は寝ているのかもしれません。

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 最後にみんなで、星を見せてくれた機械の「星空みせるくん」と記念撮影をして、2025年度のけいわん患者の交流会は終了しました。

 

 今回は開催直前に、予定していた会場近くに熊が出没し、安全を考慮し会場を変更しました。その後、さらに東北地方の地震とそれに伴う北海道・三陸沖後発地震注意報が発表され、中止することも視野に検討しましたが、イベント保険に加入し、参加者の安全に十分に配慮することを念頭に開催することにしました。

 垰田先生の講演、その後のグループワーク、垰田先生を囲んでの会食交流会などを通じて、けいわん障害を経験され、そのつらさを乗り越えてきている方々の思いを痛感しました。また、仲間を支えたいと思って参加してくださった方々の思いも深く理解できました。これ以上つらい思いをする仲間を増やしてはいけないという気持ちを強く持ちました。

 また、交流会が始まる前、参加者が少しずつ会場に集まっていらっしゃる中で、患者さん同士がお互いの安否確認をするように、目線を合わせてにこやかにあいさつを交わす様子は、この会恒例の風景として、この交流会の大切な役割のひとつだと感じました。

 こうして、今回のけいわん患者の交流会を無事終了することができました。開催にご協力、ご心配をいただいた参加者の皆様、関係者の皆様に深く感謝申し上げます。

 

                     (文・写真/全通研理事 研究・活動推進部 福田八重子)

 

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2025年12月10日 (水)

◆12月6日 全通研「石川支部 2回目訪問」

 12月6日(土)、10時から「やなぎだハウス」から近い能登町の柳田公民館2階会議室で、今年1月23日に引き続き約1年振りの第2回目の懇談会を開催しました。

 会場に1時間ほど早く着きましたので、近くの様子を知りたくて公民館の手前に能登町役場柳田総合支所があり、その真向かいにある「櫻井兵五郎翁」の像を見にいきました。

 櫻井さんは、大正4年日本タイプライター株式会社を設立し、和文タイプライターを制作した人です。また、観光産業がこれから盛んになることを見込んで昭和7年に金沢市湯涌温泉に東洋一の白雲楼ホテルを立ち上げた人です。

1_20251210105801 櫻井兵五郎翁の像

 

 柳田公民館には、千葉県流山市との交流を示す掲示物があり、とても親近感がわきました。姉妹都市交流事業を流山市と交換していたことで震災後に流山市立東深井中学校から届いた応援メッセージが掲示されていました。

18_20251210105701 柳田公民館           

19_20251210105701 激励メッセージ

 

 10時前に石川支部のみなさんが集まりました。

 新船理事が司会を務めました。

 集まった会員は西支部長の他9人でした。内訳は輪島市1人、穴水町1人、七尾市5人、志賀町1人、珠洲市1人、加賀市1人でした。その内、前回の1月に引き続き参加してくださったのは6人でした。

 最初に、全通研からのお土産を西支部長に渡しました。千葉県の有名なお菓子の「ピーナッツ最中」です。

20_20251210105701 右は西支部長             

21_20251210105701 懇談の様子

 

 自己紹介から始めました。行政の設置手話通訳者から「被災関連の手続きなどの処理や相談でいっぱいいっぱい」など、人がとにかく足りないと訴えていました。また、今回、地震で家が倒壊して下敷きになって助け出された後に津波を経験された会員が参加し、大変だった経験を語ってくれました。

 仮設住宅で生活している人、公費解体で家は解体できたが納屋や倉庫はそのままの状態、何とか自宅を修繕して住んでいる人など、復旧がまだ進んでいないことを実感させられました。

 また、手話サークルを開催したくても使用できる会場が限られていて、思うように運営できないとの話もありました。

 手話通訳者の必要性は理解しているが、手話通訳ができる人の養成には長い時間が必要で、公募があってもなかなか手が挙がらない状態であるという話もありました。手話通訳者養成をこれまで以上に取り組む必要があるとのことでした。

 参加者からは、「このような状況にあるので会費免除はありがたかった。ぜひ、継続してほしい」との声が強く出されました。また、「たくさんの義援金や支援物資などを送ってくださりありがたい」とお礼のことばもありました。

 お茶を飲み、お菓子を食べながら和やかに懇談できたことはとてもよかったと思いました。

 参加者と記念撮影をして解散しました。

22_20251210105901 記念撮影

 

 お昼に、3人でらーめん屋に立ち寄りました。石川県では有名なラーメン屋です。前回も食べた同じ店で今回も食事を摂りました。

 

23_20251210105701 (左)西支部長、(右)新船理事

 

金沢駅まで西支部長さんが送ってくださいました。のと里山海道を通って金沢に向かいましたが、道路の陥没などが至るところに見られました。この道路を修繕するにはまだまだ相当な時間を要するなと感じました。特に七尾市と金沢市に向かう分岐点までは道路の補修が必要な箇所がたくさんありました。

 一日でも早く復旧・復興することを願うばかりです。

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25_20251210105701 修繕箇所があちこちにありました

 

(文・写真:全通研会長 渡辺正夫)

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◆12月5日 能登就労支援事業所「やなぎだハウス作業所」改修完工式に参加しました

 12月5日(金)、「やなぎだハウス作業所」改修完工式に参加しました。羽田空港でのと里山空港に向かう505番ゲートで待っていると、55番ゲートに搭乗口が変更になり、55番ゲートに移動しました。

 すると「のと里山空港雷雲のため、天候状況を確認した結果、条件付きの運航となりました。のと里山空港に着陸できない場合は羽田空港に引き返す可能性がございます。あらかじめご了承ください」とのアナウンスがあり、ちょっとハラハラドキドキしました。

 羽田空港は晴天でしたので、のと里山空港の天候が少しでも回復するといいなと思いました。

 滑走路の除雪作業のお陰もあり羽田空港に引き返すこともなく、無事にのと里山空港に着陸することができました。空港の周りは昨日から降った雪で真っ白でした。

 

 昼食を済ませ、「やなぎだハウス」に12時過ぎに着きました。

 今年の1月24日に「やなぎだハウス」の状況を把握するため、聴覚障害者災害救援中央本部から石橋大吾運営委員長、鈴木唯美副運営委員長と私、事務局員が現地を訪問しました。そのときにガレージでの作業を続けるには冷暖房設備が必要ということになり、エアコンを設置することが決まりました。

 今回、そのガレージを改修して新たに部屋を作り、事務所や作業場と同じ高さに床を底上げしてフラットにしました。また、ガレージの奥に部屋を増築し、冷暖房設備を設置しました。この部屋は天井を張ったので部屋は暖房が効いて暖かでしたが、事務所と部屋の空きスペースは、天井もなく冷暖房設備もなかったので寒かったです。

 

1_20251210102601 (左)改修場所 ()モバイルハウス       

2_20251210102601 改修箇所

15_20251210102701 式典会場(右奥のドアの部屋が作業場)

 

 完工式は式典会場(空きスペース)で行われ、来賓は式典会場で、利用者と支援者などは作業場でモニターを見ながらの参加となりました。

 主催者や来賓が約15人、利用者や支援者なども15人ほどの参加でした。

 

 石川県聴覚障害者災害救援対策本部の主催、社会福祉法人石川県聴覚障害者協会の主管で、完工式が13時から14時まで開催されました。

 

 司会はやなぎだハウス職員の沖田耐芽(おきた・たいが)さんが務めました。

3_20251210102601 司会者の沖田さん

 

式次第

1 開式および主催挨拶

  石川県聴覚障害者災害救援対策本部 本部長 吉岡 真人

2 来賓挨拶

 能登町 町長 吉田義法 様

 聴覚障害者災害救援中央本部 運営委員長 石橋大吾 様

 JDF能登半島地震支援センター センター長 田中弘幸 様

3 支援金受領(改修工事代)

 聴覚障害者災害救援中央本部石橋運営委員長から社会福祉法人石川県聴覚障害者協会達磨理事長へ990万円の目録が手渡されました。

4 謝辞

 社会福祉法人石川県聴覚障害者協会 理事長 達磨敏

5 来賓紹介

 北能産業株式会社 代表取締役 福池功 様

 聴覚障害者災害救援中央本部 副運営委員長 渡辺正夫 様

 聴覚障害者災害救援中央本部 副運営委員長 鈴木唯美 様

 北信越ろうあ連盟 理事長         石川渉 様

 社会福祉法人石川県聴覚障害者協会 顧問 衆議院議員 西田昭二 様

                        代理 谷内彪流 様

 認定NPO法人障害者放送通信機構 専務理事 大嶋豊基 様

6 経過報告

 石川県聴覚障害者災害救援対策本部 副本部長 藤平淳一

7 閉会のことば

 石川県聴覚障害者災害救援対策本部 事務局長 山科孝良

 

4_20251210102801 吉岡本部長             

5_20251210102801 吉田能登町町長

6_20251210102601 石橋運営委員長         

7_20251210102801 田中JDFセンター長

 

8_20251210102801 目録贈呈            

9_20251210102901 達磨理事長

 

10_20251210102901 藤平副本部長             

11_20251210102901 山科事務局長

記念撮影を撮り、1時間で完工式は終了しました。

 

12_20251210102901 記念撮影

 

 その後、改修工事終了箇所の説明が北能産業株式会社の福池代表取締役からありました。

 参加者は、その説明を聞きながら改修箇所を確認しました。

 

13_20251210102901 (中央)福池代表取締役,(右)西支部長    

14_20251210103001 段差をなくしました

 

 説明の後、利用者との懇談をしました。

 利用者からは「作業室が快適になり作業をスムーズに進める」「紐の草履などを一生懸命作っている」などの感想を聞きました。

 

 全国から集まった義援金を「やなぎだハウス」の改修に充てることで利用者の日常が戻り、元気に過ごせるようになりました。

 

 12月6日に立ち寄ったラーメン屋に北陸中日新聞が置いてありました。地方版に5日の完工式の記事が掲載されていました。

 「被災の聴覚障害者支援施設 改修完工 柳田」の大見出しで紹介されていました。

 「今回の工事では、再び浸水しないようにかさ上げをしたほか、真っ白な内装で以前よりも明るい雰囲気に仕上げた。利用者が快適に作業できる環境を確保した。(中略)県聴覚障害者災害救援対策本部長の吉岡真人さんは『度重なる災害を受け、やっと完工してうれしい。完全な復興はまだこれから。建物は直ったが、心は少しずつ元気に戻っていくのではないか』と話した」と記載されていました。

(文・写真:全通研会長 渡辺正夫)

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2025年12月 1日 (月)

◆11月26日「東京2025デフリンピック閉会式」

 1126日(水)、1630分から1750分まで東京体育館で、東京2025デフリンピック閉会式が行われました。20229月に東京で第25回夏季デフリンピック競技大会を開催することが決定してから、3年にわたり準備してきた記念すべき大会が幕を閉じました。

 開会式が行われた15日と同様、晴天に恵まれたJR千駄ヶ谷駅前には、いろいろな国のたくさんの人たちが集まり、スマホ片手にせっせと写真撮影をしています。入口で手荷物検査とボディチェックを済ませて招待客用受付に行くと、見知った顔があちこちに。デフリンピック準備運営本部で活躍してきた全通研メンバーや、全日本ろうあ連盟の職員の皆さんが晴れやかな顔で出迎えてくれました。

 

 2階席に案内してもらうと、そこにもまた見知った顔がいっぱい。デフリンピック運営委員や全日本ろうあ連盟の理事の皆さん、加盟団体の代表者、関係団体の皆さんがいて、あちこちで挨拶や歓談で大忙しです。アリーナに目を向けると、10日間にわたる競技をやり切った各国の選手たちが、これまたスマホ片手に写真撮影会を繰り広げていました。そのような中「入場行進に参加する旗手の方、受付場所(東エントランス)に集合してください」というアナウンスが繰り返されます。旗手呼び出しは集合時間を過ぎても何度も繰り返されていて、ろう者あるあるだなぁ…と思いました。

 

 閉会式の司会は開会式に続いて、川俣郁美さん(東京2025デフリンピック応援アンバサダー)と清水愛香さん(全日本ろうあ連盟理事)です。川俣さんは国際手話で、清水さんは日本手話で司会をしました。秋篠宮佳子内親王殿下のご入場・ご着席ののち、いよいよ閉会式が始まりました。

 

1.オープニング

 日本ろう者劇団によるサインマイムと手話狂言・手話歌舞伎です。「ザ・日本文化をご覧くださいませ!」という感じです。

 

2.選手団入場

 各国・地域の選手を代表して旗手が入場します。オープニングで登場した手話狂言と手話歌舞伎の演者が仁王像のように旗手の入場を見守っています。英語と日本語で国名を紹介するのに合わせて、アリーナ上の大型ビジョンには国旗と子どもたちによる国名の手話が表示されました。旗手の前を歩くプラカーダーは東京都立中央ろう学校と渋谷区立原宿外苑中学校の生徒の皆さんが努めました。

 

1_20251201153201 選手入場(国旗と国名手話)

2_20251201153201 日本選手入場

 

3.挨拶・閉会宣言

 まず、全日本ろうあ連盟の石橋大吾理事長の国際手話による挨拶のあと、小池百合子東京都知事が挨拶しました。挨拶のあと、本大会開催のための多大なる貢献と尽力に感謝して、アダム・コーサICSD会長から小池都知事に感謝の盾が贈呈されました。続いて、アダム・コーサICSD会長が閉会宣言を行いました。挨拶や閉会宣言では、今回の大会のメインテーマでもある「真の共生社会」のことが繰り返し話されました。

3_20251201153201 感謝の盾

 

4.デフリンピック旗返還

 15日の開会式で掲揚されたデフリンピック旗が自衛隊のフラッグ・ホイスターの手によって降ろされ、ボランティア代表の手を経て、久松デフリンピック運営委員長からコーサ会長に返還されました。4年後の夏季競技大会の開催地はどこでしょうね?

 

 フィナーレは、アーティスティックプログラム「ボンミライ!(Bon Mirai!)」。第1回大会が開かれたフランス語のBon(良い)と、日本の「盆」を掛け合わせたタイトルで、良い未来という意味が込められているそうです。大橋弘枝さんの振り付け指導ののち、観客も立ち上がり、選手たちと一緒に踊りました。観客席の通路にはボランティアの皆さんが散らばり、振り付けを覚えられず四苦八苦している観客をサポートしてくれました。アリーナの片側ではいつのまにか選手たちがコンガラインを始めています。ラテン系の選手たちでしょうか。反対側の日本選手団がいる方では、まじめに盆踊りをしています。こんなところにもお国柄が出るのですね。フィナーレで大いに盛り上がり、12日間の東京2025デフリンピックは閉幕しました。

 

4_20251201153201 ボンミライ・コンガライン

5_20251201153201 ボンミライ・真面目に盆踊り

 

 

 閉会式の使用言語は、英語と日本語と日本手話、そして国際手話でした。アナウンスはまず英語、続いて日本語です。同時に会場の両端に設置された大型ビジョンに国際手話と日本手話の通訳者が登場します。さらに、体育館の2階席と3階席の間に電光掲示板があり、そこに日本語と英語の文字が表示されるようになっています。また、手元のスマートフォーンで音声認識アプリによる文字表示を見ることもできます。

 

6_20251201153301 国際手話と日本手話

7_20251201153301 電光掲示板

8_20251201153301 スマホで文字起こし1

9_20251201153301 スマホで文字起こし2

 

 司会者の国際手話と日本手話によるアナウンスの際は、英語と日本語の通訳が付きました。小池都知事が日本語で挨拶するときは、国際手話の通訳と日本手話の通訳が付きました。石橋理事長やコーサ会長が国際手話でスピーチするときは、日本手話の通訳と英語の通訳が付きましたが、音声日本語の通訳はなく、電光掲示板に日本語文字が表示されていました。

 

10_20251201153401 石橋理事長挨拶

11_20251201153401 小池都知事挨拶

12_20251201153401 コーサ会長閉会宣言

 

 本大会には、79か国・地域から3,081人の選手が出場しました。日本選手団は21全競技に出場し過去最高の51個のメダル(金16、銀12、銅23)を獲得しました。各競技会場には28万人もの観客が訪れ、サインエールで選手たちを応援しました。また、全国各地で応援イベントが開催され、デフリンピックを盛り上げました。高倍率のなか選ばれたたくさんのボランティアの皆さんも大活躍でした。多くの人たちの熱意と繋がりに感謝し、これからも私たち一人ひとりが真の共生社会を作り続けるのだと胸に刻み帰路に付きました。 

(文・写真:全通研副会長 宮澤典子)

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