石川県訪問
◆1月24日 石川県訪問
朝8時に宿泊先のホテル・トリフィートに、石川県聴覚障害者センターの藤平淳一施設長が車で迎えに来てくれました。聴覚障害者災害救援中央本部の石橋大吾運営委員長と合流するため、のと里山空港に向かいました。のと里山海道という自動車専用道路(高速道路の4車線が地震で2車線の対面通行になっていました)を通って行きました。道路は穴水あたりになるとがけ崩れなどで崩壊しており、対面通行で開通していましたが、かなり揺れました。
金沢駅近くのホテルから3時間ほどかかって、やなぎだハウスに到着しました。
【道路が陥没・寸断】 【やなぎだハウス】
やなぎだハウスでは、職員が出迎えてくれました。施設では、利用者が切れ端を利用して草履を作っていました。その作業場のすぐ隣のガレージにも行きました。元は消防車の車庫で、シャッターも頑丈で重そうでした。天井の横に穴があり、塞がれていましたが風が入ってきて寒かったです。ガレージの奥にはコキア(ホウキギ)が干されていて、箒などを作っていると聞きました。
その日は午後からお餅つきをすることになっていました。そのお手伝いにチームジャパン(被災地支援チーム)から4人が来てくださっていました。他にも日本障害フォーラム(JDF)も送迎などの支援に来てくれています。
第1回目の修繕で壁や天井などを直し、作業ができるようになりました。しかし、9月の豪雨でハウスの近くの川が氾濫してガレージに泥が溜まってしまいました。入口のドアすれすれまで泥水が流れてきたとのことでした。ボランティアの方々が泥を取り除いてくれました。新船理事も手伝いに来たとのことでした。
そして、2回目の修繕でガレージ内に部屋を作り、エアコンを設置することになり、工事会社の人と打ち合わせをしました。
コキアをネズミに食べられないように干す場所を部屋の周りに設置することになり、見積もりを再提出してもらうことになりました。
【ガレージ入口】 【ガレージ内】
【コキア】 【2階事務所内】
やなぎだハウスに隣接されているモバイルハウスでは4人の聴覚障害者が暮らしています。ご好意で中を見せていただくことができました。こじんまりしておりましたがお風呂場やトイレなどがコンパクトに配置されていました。利用者は新しい電化製品の使い方がわからず「一つひとつやり方を教えてやっと使えるようになった」と報告がありました。
やなぎだハウスの佐藤香苗所長に会ってお話を聞きました。「被災後しばらくは気持ちも落ち着かず、事業所の運営について他からの支援を受けたいと思うことができなかったが、最近は気持ちの整理もでき支援団体から支援をしてもらって助かっていると思えるようになりました」と話してくださいました。とにかく明るい顔で接してくださったので安心しました。
職員は、現在3人ですが3月までで1人退職が決まっています。その補充として2月から1人入ることが決まり、ホッとしているとのこと。そして、もう1人職員を増やして以前のように4人体制にしていくとのことでした。
【モバイルハウス】 【佐藤所長といっしょに】
午後3時から、石川県聴覚障害者センターの多目的室で、石川県聴覚障害者災害救援対策本部5人のメンバーと聴覚障害者災害救援対策中央本部5人との意見交換会があるので、急いで金沢市に戻りました。
議題は、やなぎだハウスについて(ガレージを区切って部屋を設置することや職員の状況)、災害救援基金、報告書の作成についてでした。
【石川県聴覚障害者センター】 【意見交換会】
意見交換会のあと午後6時から交流会をしました。中央本部事務局の2人が途中で退席しましたが、そのあとに突然、門倉さんが顔を出してくれました。門倉さんは、白山市からの派遣で東京デフリンピックの仕事をされています。この場で会うことはないと思っていたので、大変びっくりしました。
災害救援基金で集まった資金でやなぎだハウスの修繕ができ、何とか利用者が困らないよう支援ができています。皆さんのご支援のお陰で実現できました。まだまだ、能登の皆さんが通常の生活に戻るには相当な時間がかかります。引き続きご支援をお願いいたします。
(文・写真:全通研会長 渡辺正夫)
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