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2024年7月17日 (水)

全日本ろうあ連盟本部事務所開き in 新宿区原町<おまけ>

全日本ろうあ連盟本部事務所開き in 新宿区原町<おまけ>

 

 7月13日(土)、地下鉄東西線の高田馬場駅で降りました。地上に出ると店がいっぱい並んでいました。保善高校や戸山公園方面に向かう途中に日本点字図書館がありました。外見だけでしたが初めて見ました。

1_20240717143201 日本点字図書館

 また、戸山公園入口から坂を下ると豊島八十八か所第72番の玄國寺があり、そのすぐ側には諏訪神社がありました。諏訪神社には明治天皇射的砲術天覧所跡の聖跡がありました。

2_20240717143201 戸山公園入口   3_20240717143201 玄國寺

4_20240717143201 諏訪神社     5_20240717143201 諏訪神社

 

6_20240717143201 明治天皇射的砲術天覧所跡  7_20240717143201 聖跡の説明

 坂を登り切った明治通りを右折すると毎日新聞社早稲田別館がありました。そして早稲田大学西早稲田キャンパスがあり、その前には学習院女子大学、女子中等科、女子高等科の入口が見えました。

 そして、会場である新宿コズミックセンターに到着しました。

8_20240717143201 早稲田大学西早稲田キャンパス  9_20240717143201 学習院女子大学

10_20240717143201 新宿コズミックセンター

 新事務所には、新宿コズミックセンター前から乗車し河田町で降り、そこから10分位歩くと新事務所に到着します。

 

 帰りは早稲田駅まで10分ほど歩きました。夏目坂という長い坂道を通りましたが、途中にいくつものお寺がありました。

 夏目漱石が誕生したのはここ早稲田です。その夏目漱石から夏目坂と命名されたようです。坂の途中に「夏目漱石誕生乃地」という記念碑が建てられていますが、残念ながら時間がなかったので見ませんでした。今度、是非、見てみたいと思います。

 

                   (文・写真:全通研会長 渡辺正夫)

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一般財団法人全日本ろうあ連盟本部事務所 事務所開きin新宿区原町

一般財団法人全日本ろうあ連盟本部事務所 事務所開きin新宿区原町

 

 梅雨の合間で晴れて暑くなった7月13日(土)、「全日本ろうあ連盟本部事務所 事務所開きin新宿区原町」が新宿コズミックセンター3階大会議室で開催されました。

 会場には、来賓と、全日本ろうあ連盟の理事、事務所職員、関係者ら約40人が集まりました。

 司会は、全日本ろうあ連盟の山根昭治事務所長が務めました。

1_20240717140601 司会:山根事務所長

 開会のことばではじまりました。

 最初に、全日本ろうあ連盟の石橋大吾理事長からあいさつがありました。

 「1947年に連盟が発足し、今年で77年目になりました。「七七」はエンジェルナンバーで縁起が良いとされていて、3つの意味があります。1つはこれまでやってきたことは正しかった。つまり、連盟のこれまでの実績は間違いなかったということを表します。2つ目は正しく、ぶれずにこれまでやってきたこと。3つ目は私が理事長を務めることとなりましたが、7代目の理事長となります。良いタイミングで事務所開きができました。これから新しい時代を切り拓いていきたいです」

2_20240717140601 石橋大吾理事長

 次に3人の方から祝辞がありました。

 最初に国立大学法人筑波技術大学石原保志学長から「いしばしの手話も七ですね。7代目の事務所になるとのこと。私は10年前に初めて連盟の事務所に行きました。小さなエレベーターに乗って8階で降りると狭いところで皆さんが一生懸命働いていたことを思い出します。新しい事務所を設けられたということに対してお祝いを申し上げます」

3_20240717140601 石原保志学長

 次に社会福祉法人全国手話研修センター黒﨑信幸理事長から「大阪の事務所時代は知りません。ベル会館の建設運動は自分が若いとき。カンパを集めてベル会館を作ったけれど、問題があり事務所をなくしてしまった。とてもガッカリしたことを覚えています。早稲田の鶴巻町での間借りから榎町にすぐ事務所を移転しました。そのとき竹島さんと飯塚さんが頑張っていた。人がいっぱい集まる事務所になってほしい。しかし、できれば自前のビルで事務所を持ちたいと思っています」

4_20240717140601 黒﨑信幸理事長

 最後に全日本ろうあ連盟石野富志三郎前理事長から「石橋理事長からあいさつがありましたが、七七ですね。スロットで言えば七七七。三つ目の七は何か。昔、江戸川ホテルというのがありました。SKビルの近くのマンションを連盟の理事用に借りた宿です。土屋元理事長は大分県なのでこの江戸川ホテルに泊まりました。職員が掃除などしてくれた。ベル会館は一つのろう運動の汚点であると言えます。新しい事務所に昨日訪問しましたが、ピカピカの事務所で何もかも綺麗でした。理事長の机といすもある。これが連盟の事務所なんだと思いました。デフリンピックや手話言語法の関係でこれからますます忙しくなる。これからの発展を祈っています」

5_20240717140601 石野富志三郎前理事長

続いて来賓紹介がありました。

国立大学法人筑波技術大学石原保志学長、

社会福祉法人全国手話研修センター黒﨑信幸理事長、

同センター小出新一常務理事、

そして私(全通研会長)から「おめでとうございます」とお祝いを一言。

次いで、東京都聴覚障害者連盟粟野達人理事長、

社会福祉法人東京聴覚障害者福祉事業協会石川芳郎理事長、

新宿区聴覚障害者協会秋山潔会長、

そして、新事務所のオーナーである桂建設株式会社武信裕取締役社長、

最後に、全日本ろうあ連盟石野富志三郎前理事長が紹介されました。

6_20240717140601 参加者の皆さん

 これまでの事務所の変遷と題して、全日本ろうあ連盟久松三二事務局長からスライドを映しながら、初代から7代目までの連盟の事務所について、当時の様子を加えながら説明されました。

➀ 藤本敏文氏宅 大阪市西淀川区野里町

② 大阪市立聾学校内 大阪市東区広小路地 

③ 日本福祉ベル会館内 目黒区本郷町 1965年~1971

④ 間借り 新宿区早稲田鶴巻町 1971年~1975

⑤ 新栄ビル内 新宿区榎町 1975年~1977

⑥ SKビル内 新宿区山吹町 1977年~20247

⑦ 桂ビル内 新宿区原町 202478日~

 

本部事務所長も現在7代目となります。

①竹島昭三郎さん 1977年~1989

②河合洋祐さん  1989年~1994

③大槻芳子さん  1994年~1999

④大杉豊さん   1999年~2006

⑤久松三二さん  2006年~2020

⑥倉野直紀さん  2020年~2023

⑦山根昭治さん  2023年~現在

7_20240717140601 久松三二事務局長

 「追想」として『わたしたちの手話 学習辞典』など数多くの全日本ろうあ連盟の書籍を出版してこられたタツノコ出版の大河原則義さんからビデオメッセージが紹介されました。

 ビデオの最後に、初代事務所長の竹島理事と一緒に事務所で働いていた飯塚千代子さんが紹介され、なんとご本人がビデオメッセージによるサプライズ登場をされました。

 連盟の新しい事務所のスライドを背景にテープカットが行われました。テープカットをするのは、石橋大吾理事長、石原保志学長、石野富志三郎前理事長の3人、介添人は深川誠子理事と清水愛香理事でした。

10_20240717140601 テープカット

 閉会のことばのあとに全員で記念写真を撮りました。

11_20240717140601

 そして、2グループに分かれて路線バスで原町にある新事務所に移動しました。

12_20240717140601 バスで移動中 河田町停留所で降りる

 新事務所前で、見学者一同で記念写真撮りました。

13_20240717140501 真ん中のビル   14_20240717140501 連盟事務所前

 2階が連盟新事務所フロアです。

 入ってすぐに会議室があり、その会議室前にはお祝いの花が並んでいました。そして、かなり広い場所に整然と事務机が並んでいました。

 最新式の勤務管理対応システム(写真:オフィスステーション)も備えられていました。

 働いている職員は、京都事務所を含めて合計で42人と聞き、組織の規模が拡大していることをあらためて認識しました。

 最後に、全通研からささやかながら事務所移転祝をお渡ししました。新しい事務所内で記念に久松事務局長と一緒に写真を撮りました。

15_20240717140501 お祝いの花   16_20240717140501 会議室

 

17_20240717140501 ひろびろとした職場   18_20240717140501 オフィスステーション

19_20240717140501 お祝をお渡ししました

 以前の連盟事務所に比べて約2倍の広さになり、1フロアなので職員の顔を見ながら働くことができます。倉庫も壁際にあり整理しやすい環境にあることが分かりました。

 ただ、杞憂だと思いますがここの家賃を払っていくには相当な努力が必要だと思いました。それだけの覚悟をもたれたのだと感服しました。

 

                     (文・写真:全通研会長 渡辺正夫)

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2024年7月 8日 (月)

旧優生保護法最高裁判決

                旧優生保護法最高裁判決・・・最高裁へ行ってきました

 

 熱中症に注意するよう朝から警告が出されていました。カバンの中には水分補給ペットボトル、冷却用シート、筆記用具を用意して家を出ました。地下鉄永田町に向かう車内には傍聴希望と推測される人がたくさん乗っていました。運動の広がりと熱意を感じました。

 駅に降りると埼玉支部の方々と遭遇、なるべく太陽が直接当たらない道を通り、最高裁判所に向かうとすでに長蛇の列でした。傍聴希望の最後尾に並ぶよう指示されました。すでに列は3列以上になっていました。最後尾に向かって歩いていると渡辺会長や江原さん、全日本ろうあ連盟の役員や職員、関東の各支部のなかまの顔が見えました。私に配られた整理券の番号は237です。しかし、その後も私の後ろに並ぶ人が続き、さらに隣に新しい列、また、その隣にも新しい列が作られていきました。  

1_20240708132001 2_20240708132001

 私たちが待機していた場所は最高裁の建物の中にある駐車場です。そこが人でいっぱいになってしまいましたが、直射日光が遮られる所だったので暑さはだいぶしのげました。また、今回は手話通訳者も公費で配置されました。法廷で奮闘していたのは東京手話通訳等派遣センターの方々です。複数の手話通訳者が配置されていましたが、裁判所のワイヤレスマイクの調子が悪く、聞き取りづらく、通訳しにくい場面もありましたが最高裁の職員も話す場所を変えるなどの努力をしていました。隣の列にいた中途失聴難聴者協会の友人からは「見えないから手話通訳をして」と言われ、久しぶりの手話通訳です。

 最高裁職員の動きを見ると、前回に比べ「聞こえない障害」について考え、対応の改善に努めている感じがしました。

 2時過ぎから抽選の結果発表がありました。車いす利用者、介助者と共にペアで入廷を希望する人、一般枠の3グループに分けての発表です。車いす利用者は43名希望で12名枠、ペアでの入廷を希望する方は27名との発表はありましたが枠数は聞き取れませんでした。そして、一般枠希望者は897名、抽選に当たる確率は限りなくゼロに近づいていました。運命の発表、渡辺会長、石川は抽選はずれ、江原さんが入廷を許可されました。

 報告集会と記者会見は午後430分から議員会館で予定されています。暑さのことと己の体力・年齢を考え、帰宅ラッシュを避ける意味で家に戻りました。

 430分からの報告集会にはZoomで参加しました。少し早めにアクセスしたので、準備で混乱する会場や要員の方の大変さも分かりました。国際会議室、多目的ホール、大会議室の3会場と大阪会場をオンラインで結んでの報告集会です。

3_20240708132001 4_20240708131901

 司会からは最高裁での判決時、法廷は拍手の嵐となり、裁判長から注意を受けたというエピソードの紹介もありました。この判決の意味について新里弁護士から「期待した最大の判決」との報告があり、その中身として「旧優生保護法は立法時からの違憲」、「除斥期間についての平成元年の最高裁判例の変更」の意義の説明がありました。

 国は529日の最高裁法廷でも「20年を過ぎると賠償請求権が消滅するという除斥期間の適用」を主張していましたが、今回、最高裁はこれについて判例変更を行い、憲法違反の法を作っていたのが、一方的にそれを理由にして「国の損害賠償責任を逃れることは、著しく正義・公平の理念に反する」と断罪しました、気持ちの良い論理です。このことについて慶応大学の小山先生は「高裁判決は除斥期間の壁を解釈で少し動かしたが、最高裁は壁そのものを否定した」と述べられました。

 報告集会では、大阪、福岡、札幌、兵庫、仙台の原告の方々のさまざまな苦悩、人権侵害、そして判決についての喜びの発言がありました。同時に真の全面解決のためには25千人の対象者に対して、政府、立法府が謝罪することは当然、今後の検証の在り方、新しい立法の必要性が述べられました。

 本日の新聞でも最高裁判決について詳細・好意的に報道されています、最高裁判決を人権擁護の道しるべとして、人権侵害や差別を撤廃する運動の到達点として深く学びたいと思いました。

 本文中の写真については、東京の手話通訳の仲間が写したものです。本人の承諾を得て利用させていただきました。                  

                     全国手話通訳問題研究会参与 石川芳郎

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2024年7月 1日 (月)

2024年WASLI総会報告

2024WASLI総会報告

 

 WASLI(世界手話通訳者協会)をご存じですか? 

 全通研はWASLIの国会員です。WASLIでは4年ごとに開催される世界会議に合わせて総会を開いてきましたが、近年、新型コロナウイルス感染症の副産物としてオンライン会議が普及したことにより、オンラインで毎年総会を開催することになりました。昨年7月に韓国済州島で世界会議が開催されたときは、現地集合とオンラインの併用による総会が開催されました。その後11月には定款変更の審議のため、オンラインによる臨時総会が開催されました。

 今年は、622日(土)20:0022:00(日本時間)に定時総会が開催されました。ZOOMに接続していたのは、理事やテクニカルチーム、国会員代表やオブザーバーを合わせて73名でした。WASLI会長のクリストファー・ストーン氏の進行により、まず、参加者の確認が行われました。昨年11月の臨時総会に参加した国会員は39協会でしたが、今回は28協会でした。国会員は1票ずつ投票権を持ちますが、そのためには会費を納入していることが条件となります。WASLIの会計年度は11日~1231日ですが、まだ2024年の会費を納入していない協会があったのかもしれません。

1_20240701112101 2024WASLI総会 ZOOM画面 左:クリストファー・ストーン会長

 総会の議案は、事前に送信されていました。今回の議題は、理事会やワーキンググループ等の活動報告の承認、財政報告の承認、新規国会員の承認などです。今回提案された議案に「WASLI監査役の設置」がありました。この議案は承認され、9月までに候補者をあげることになりました。また、会費区分改定の提案がありました。WASLIの会費は、GDPランクにより5つに区分されています。この区分はWASLI設立時の2005年のもので、近年GDPランクに変化がみられることから会費区分見直しの提案がありました。会費区分については、2024年中に検討し、2025年総会にて審議されることになります。現在、日本は上から2番目の区分に属しており、年125米ドル(≒19,785円)支払っています。総会の審議は、WASLI執行部の説明のあと、Googleフォームを使用して「賛成・反対・保留」を投票する方法で進められます。今回の議案はすべて可決されました。

2_20240701112101 Googleフォームによる投票結果の表示

 WASLIの公用語は、国際手話と英語とスペイン語です。進行役のクリストファー会長は国際手話で話し、WASLIの通訳チームが英語とスペイン語に通訳します。最近のZOOMは通訳機能が向上し、英語を日本語字幕で表示することができます。しかし、ZOOMに内蔵されている翻訳ソフトの性能がそれほど高くないのか、とんでもない日本語に翻訳されることが少なくありませんでした。「Treasurer Report(会計担当者報告)」が「宝物報告」と表示されたりして、パソコンを前にして爆笑してしまいました。音声認識と翻訳を合わせるのは大変なのかなぁと思いながら、国際手話と日本語字幕を見比べていました。

3_20240701112101 総会終了!お疲れさまでした。

 8月には、インドネシアでWASLIアジア会議が開かれます。そちらのレポートもお届けできるよう頑張ります。お楽しみに!

 

                      副会長 宮澤典子

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日本手話通訳士協会 総会

 2024年6月16日(日)一般社団法人日本手話通訳士協会の総会が、東京都豊島区の早稲田速記医療福祉専門学校8階にて開催されました。5年ぶりに集合とオンラインによるハイブリッドでの開催でした。

 会場はJR高田馬場駅から徒歩1分と便利なところでした。

1_20240701110701 総会会場(早稲田速記医療福祉専門学校)

 総会の前に午後1時から講演がありました。

「職業としての手話通訳と電話リレーサービス」と題して一般財団法人日本財団電話リレーサービスの石井靖乃専務理事からお話がありました。

電話リレーサービスのはじまりから現在の状況までを詳しく説明してくださいました。

2_20240701110701 オンラインで講演

3_20240701110701 会場内

 オンラインによる講演が終わり会場の準備をして、1420分から総会が始まりました。

 司会は、早川理事が務められました。

 はじめに、鈴木唯美会長からあいさつがありました。

「5年ぶりに対面、ハイブリッドで開催されます。優生保護法裁判の最高裁大法廷での弁論があり7月3日に判決が出ます。東京都都知事選挙の政見放送の収録も本日から始まり、120人の手話通訳者が必要となっています。また、2025年のデフリンピックのための手話通訳者も必要です。特に心に残っていることは、1月1日に起きた能登半島地震です。3団体で災害救援中央本部を立ち上げて活動していますが、その中央本部として能登地域に4月29日に訪問しました。私もやなぎだハウスの修繕完工式に出席しました。『能登に帰りたい』というきこえない人がいることを地元の本部役員の人から聞きました。自分自身も被災している手話通訳者がきこえない人の支援にあたっている。きこえない人の思いと自分の思いが重なって『かわいそう』ということばになり、共感していることを感じました」

4_20240701110701 来賓席

 次に全日本ろうあ連盟理事長代理の山根昭治本部事務所長のあいさつがありました。

「総会おめでとうございます。15年間理事長を務めた石野から石橋に交代しました。中西が副理事長に選出されました。また、4人であった女性の理事が6人に増えました。能登半島地震では、支援金や義援金に協力していただきありがとうございました。やなぎだハウスの修繕完工式があった。モバイルハウスを作るなど長期的な支援が必要となっています。国連の障害者権利委員会の委員に田門弁護士が当選しました。日本からは2人目となりました。『517』という数字分かりますか、これはデフリンピックを開催するまでの残りの日にちです。デフリンピック開催と手話言語法制定に向けて頑張っていきたい。引き続き応援いただきたい」

 

 次に全日本難聴者・中途失聴者団体連合会会長代理 宇田川芳江副会長のあいさつがありました。

 「能登半島支援の義援金についてはJDFを通じて行った。手話通訳者や要約筆記者がまだ確立していない頃の話ですが、難聴者や中途失聴者に対して関係者が文字による支援をしていただいたことを皆さんはご存知でしょうか。難聴者や中途失聴者はろう者との交流の中で手話を学びろう運動に関わっている人もいました。手話関係者の方々が手話で通じなければ文字で伝えることができると気がつきました。私の住んでいる東京では1970年代にろう者、難聴者、中途失聴者、手話関係者らで連絡協議会を設立して都に対して要求を提出しました。手話関係者によって手話通訳と要約筆記のサポートが行われ、それが少しずつ広まりました。近年、専門性の高い意思疎通支援を行う手話通訳士はますます重要になってきています。難聴者や中途失聴者に対しても温かい支援をお願いします」

 

 次に特定非営利活動法人全国聴覚障害者情報提供施設協議会会長代理 川津雅弘理事からあいさつがありました。

 「全国で54か所に情報提供施設があります。6月13日から14日の2日間、総会と大会を宮城県仙台市で開催しました。内容は意思疎通支援事業、映像制作、相談事業及び遠隔手話通訳、施設での運営状況などでした。課題としては人材確保と編集技術です。また、災害緊急対応です。ICTについても幅を広げていかなければならない」

 

 そして、全通研会長としてあいさつしました。

一つ目は、5年ごとに行われている「雇用された手話通訳者の労働と健康についての実態に関する調査研究」が2025年に行われる。手話通訳者の実態を把握する大切な調査である。皆さんの協力をお願いしたいということ。

二つ目は、差別解消法の合理的配慮の提供が民間業者に義務づけられた。それを逆手にして自治体が手話通訳派遣を控えることの事例が報告されたこと。このことは「ろう者の権利を守る手話通訳」の理念をどう貫いていくのか改めて考えなければならない課題だと考えていること。

三つ目に、全通研は創立50周年を迎え、時代の変化に対応した取り組み方に変えていくため組織的な改革を行ったこと。手話通訳に関わる社会の動きは多様となり課題は多くある。全通研は、日本手話通訳士協会、全日本ろうあ連盟と共に制度や暮らしをより良くするために、引き続き協力し合って前に進んでいきたい」と述べました。

 

 最後に、全国手話研修センターの黒﨑信幸理事長から「本日の総会の開催を心からお祝い申し上げます。貴協会の益々のご発展を祈念します」との祝電が披露されました。

 

 この後、議事に入りました。

 

士協会の総会に久しぶりに出席しました。一人一人が各地で頑張って手話通訳活動に取り組んでいた全通研の創立当時のことをしみじみと思い出しました。本当に大変な時代だったと思います。今後、手話通訳制度をより良いものにしていくためにも、関係団体が連帯し協力していかなければならないと強く思いました。

 

                                         (文・写真:全通研会長 渡辺正夫)

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