第67回全国ろうあ者大会inみやぎ
第67回全国ろうあ者大会inみやぎに参加してきました。
今回、聴覚障害者問題に関わる研究分科会のコーディネーターを務めることになりました。
その関係で前日に打ち合わせをするため、6月14日(金)に仙台入りすることになりました。
当日の朝早く、東京駅から仙台駅まで新幹線に乗って行きました。
打ち合わせは、午後6時ですので、いつもの通り、近隣を散歩することにしました。
この日は、朝から天候も良くて散歩日和でした。
仙台駅に降りて、ホテルに荷物を置いて出発です。目指すは仙台城址です。
ホテルを出るとすぐ側に、仙台朝市の商店街がありました。
とにかく新鮮な魚、野菜、果物など安く売られていました。
買いたいという気持ちを抑えるのに必死でした。
クリスロードというアーケードを通り、サンモール一番町に来ました。
ここには、私の大好きな昔ながらの商店街がありました。
名前からして昔を思い出させるものがありました。
文化横丁と壱弐参横丁(いろはよこちょう)です。
中は本当にレトロなお店が所狭しといっぱい並んでいました。
その中でも極めつきは、手押しポンプの井戸端がありました。もう最高でした。
近くには、仙台銀座という飲み屋街もありました。
歩いている途中で、るーぷる仙台というシティループバスが私の前を通り過ぎていきました。
大橋にたどり着きました。
その手前の下に何やら銅像が建っているので見に行きました。
仙台キリシタン殉教碑でした。
向かい側には仙台高等学校発祥の地の石碑もありました。
真っ白な大橋を渡ると仙台城址青葉山公園の案内板がたっています。
そこを通ると仙台市博物館があり、残月亭という茶室がありました。
そのまま前に進むと魯迅の銅像がありました。
その後は、急な上り坂です。
汗をかきながら一生懸命登ると、本丸北壁石垣に出ました。
最後の坂道を上ると仙台城址の頂上に出ました。
伊達政宗像や「荒城の月」を作曲した土井晩翠の銅像がありました。
仙台城址を後にしました。
降りている途中には、あの3・11の東大震災の被害にあった中門石垣がありました。
亀裂と傾いた写真がありました。
今度は仙台駅に戻る形で歩きました。
晩翠草堂や茶室緑水庵がありました。
仙台駅を目指したのは、目的がありました。
そうです。仙台名物の牛タンを食べるためです。
時間は12時前だったので、少しは空いていましたが、並んで待ちました。
美味しく牛タンを食べることが出来ました。
さて本題です。
今回、分科会のコーディネーターとして「防災」の分科会に参加します。
前日打ち合わせを、夜の6時から仙台市福祉プラザ10階の第二研修室で行いました。
1時間ほど打ち合わせをしました。
いよいよ本番です。
会場は、国際センター駅近くの国際センターでした。
6月15日(土)の午後1時半から5時まで、「ろう者と防災について考える ~災害から命を守り『犠牲者ゼロ』を目指すために~」というテーマで話を進めました。
400人という大勢の方に参加してもらいました。
総合司会は、太田陽介理事でした。
このあと宮城県の会長から震災から8年の現状をお話してもらいました。
また、防災情報の伝達について消防庁の田中雄章防災情報室長からお話をもらいました。
このお二人のお話の後、石野富志三郎理事長を交えてパネルディスカッショを行いました。
特に関心の高かったのが、Net119のことでした。
聴覚障害者にとっては便利なようでまだまだ利用しにくい面があることが多く、意見として出されました。
また、休憩後に岡山放送局のテレビ放映をしました。
先の西日本豪雨で被災に遭った聴覚障害者夫婦の現状などを取り上げていました。
フロアーから意見をもらい無事、終えることが出来ました。
その日の夜、6時半から勝山館というお店で前夜祭がありましたので、それに参加しました。
司会は地元の実行委員の中村隆さんが務めました。
実行委員長挨拶として小泉正壽会長が、主催者挨拶として石野富志三郎理事長から挨拶がありました。
続いて、鏡開きが5人の方により行われました。
金原辰夫自立支援室室長、森正義宮城県障がい者福祉協会会長、中島源陽宮城県議会議員、小泉会長と石野理事長が一斉に力を合わせて樽を割りました。
そのまま、乾杯の挨拶が中島源陽宮城県議会議員の音頭で行われました。
しばらく歓談した後にアトラクションとして、白石智章さんが空手道を演じてくれました。
司会役の方を相手に寸止めを見せてもらいました。
次に、田岡克介(全国手話言語市区長会前会長)さまと阿部一彦(JDF代表・仙台市障害者福祉協会会長)さまから来賓挨拶がありました。
来賓紹介、二回目のアトラクションでは、よさこい踊りを楽々踊蘭会の人たちの踊りが披露されました。
閉会の挨拶があり、2時間があっという間に過ぎてしまいました。
生憎の大雨の中、解散しました。
6月16日(日)は10時から式典が始まりました。
会場は、仙台国際センターの展示室でした。
大勢の参加のため、他に2つの分室を設けての式典になりました。
オープニングセレモニーは、「夢を追え 君ならきっと」をテーマに宮城県立聴覚支援学校中学部の生徒がソーラン節を元気いっぱいに踊りました。
いよいよ本番が開始されました。司会は、唯藤節子理事でした。
開会のことばを吉田航理事が、歓迎の挨拶を第67回全国ろうあ者大会実行委員長の小泉正壽実行委員長、大会会長の挨拶を全日本ろうあ連盟石野富志三郎理事長が行いました。
続いて、歓迎のことばとして村井嘉浩宮城県知事、郡和子仙台市長のお二人から、手話をしながら挨拶がありました。
表彰状・感謝状贈呈の授与がありました。
厚生文化賞として山内公平様、西滝憲彦様に、厚生文化感謝状として田岡克介様、岡山放送株式会社に、感謝状として第66回全国ろうあ者大会開催県である大阪に、第52回全国ろうあ者体育大会開催県である埼玉に、主管団体表彰として宮城県の菱沼恒にそれぞれ表彰状などが渡されました。
被表彰者謝辞を山内公平様からいただきました。
祝辞として、厚生労働大臣根本匠様(代理 自立支援振興室長 金原辰夫様)、文部科学大臣柴山昌彦様(代理 特別支援教育課調査官 庄司美千代様)から挨拶がありました。
その後、来賓紹介があり、全国手話通訳問題研究会も司会より紹介がありました。
とにかく生憎雨になってしまいましたが、大勢の来賓の方々に参列していただき、式典が無事終了しました。
お昼に出されたお弁当の具材は、全て宮城県での取れたものを使っていました。
また、仙台駅の地下鉄の階段には、消費カロリーが表示されていました。
階段を自力で頑張って上っていくとご飯1杯分のカロリーを消費したことが目に見える形になっています。とても良い表示だなと感心させられました。
2020年度は、愛知県で行われます。
愛知県はもちろんのこと、2021年度開催予定の栃木県の関係者も下見をしておりました。
周到な準備をするから、このような大きな大会の運営が出来るのだと思いました。
黄色のTシャツを着て頑張ってくれた宮城県の実行委員に感謝して、仙台の地を離れました。
手には沢山のお土産を持ちながら。
(文・写真/全通研会長 渡辺正夫)
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