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2016年9月23日 (金)

世界手話通訳者協会(WASLI)理事会に参加しました

 全通研はWASLIアジア地域理事を担っています。WASLIでは、毎月1回スカイプを通じての会議と、年に1回顔を合わせる形で理事会を行っています。その理事会が、9月7,8日の2日間、ギリシャのアテネで開催されました。スカイプ会議は時差があるので、なかなか参加することができません。ですから、みんなが集まる理事会には積極的に参加しています。今回は、国際部員の長崎さんと2人で行ってきました。

 海外に行くときは、日本の出発時間、乗り換えの待ち時間、航空会社の安全性、そしてもちろん航空運賃を比較して便を決定します。今回は、ドバイ経由でアテネに向かいました。関空から10時間余りの飛行で朝5時にドバイに着いたのですが、一番涼しい時間帯なのに35度!ターミナルビルに向かうバスに乗るため、タラップから降り立った途端に「ガーン」というような湿気を帯びた熱風が吹いてきます。5時間待ってアテネ行きに乗り換えました。飛行時間だけで日本から15時間弱の旅です。

 アテネ空港からメトロに乗って、ホテルがあるオモニア駅まで行くのですが、メトロも1回乗り換えがあります。日本でも英語で駅名アナウンスがありますが、発音って気にしませんよね。私も普段は「ゆっくり言ってるから、外国人でもわかるだろうな」と思っていました。でも、海外では次の駅はどこかを聞き逃さないように、全身を耳にして注意していても発音が聞き取れないのです。日本に来ている外国人も苦労してるんだろうなあ!そして、いつも乗り物では「目」で集中しているろう者の気持ちも、ほんの少しだけど体感しました。
ギリシャでも、まずギリシャ語で言ってから英語でアナウンスがありました。電車のドア上に、日本と同じように路線図もあります。駅名も英語で書いてあります。でも、そのアルファベットと発音が想像をはるかに超えて一致しないのです。乗り換えのシンタグマ駅まで15駅。長崎さんと2人で、駅の表示と路線図の駅名を見比べながらの珍道中でした。

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【理事会】
 9月7,8日の2日間、開きました。WASLI理事会は、デブラ・ラッセル会長(カナダ)、ジョゼ・エジニウソン副会長(ブラジル)、イザベル・ヘイリエック事務局長(ベルギー)、スーザン・エマーソン会計(オーストラリア)、8人の地域理事の12人と、ナイジェル・ハワードろう通訳者アドバイザー(カナダ・ろう者)とで構成されています。今回の理事会出席者は4人の役員とクリストファー・ストーン理事(ヨーロッパ・7日のみ)、アンナ・コマロワ理事(トランスコーカシア・8日のみ)とアジア理事の私です。
 南洋州・オセアニア理事、アフリカ理事、バルカン理事とろうアドバイザーはスカイプ参加。残りの北米理事とラテンアメリカ理事は欠席でした。

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▲左手前からクリストファー、イザベル、ジョゼ。後ろ左から私、デブラ、スーザン
 
 
 会議は、ホテルの一室で行われました。議題は、イスタンブール理事会記録の確認、役員報告、地域理事報告、WASLI戦略の見直し、WASLI公式所在地計画、トルコ大会紀要の発行について、資金調達、ソーシャルメディア、WASLIグッズ、国際ろう週間賛同のプロモーションビデオ撮影、2019年WASLIパリ大会への準備と盛りだくさんです。これらの議題を、2日間朝8時半から夕方5時までびっしり論議します。議題の合間に欠席の理事からスカイプで報告や検討課題が提案されます。
 
日本が国際舞台で活躍するときの一番のネックは、言語だとつくづく思います。トルコ大会で理事が交代し、今回初めて顔を合わせるので、まず自己紹介と近況報告をしました。その時、私は「英語は得意ではない。しかし、理事として論議にきちんと参加したいので、ゆっくり話したり、イエローカードを出したらわかりやすく説明するなど、配慮と協力をしてほしい」と伝えました。みんなは「当然!みんなで協力して会議を成功させよう」と言ってくれるのですが…。確かに私に話しかけるときは、ゆっくりの英語でしたが、お互いに話すときは全くのネイティブ。「私はそこもきちんと聞き取りたいのよ」と心の中で叫びましたが、イエローカードは出せずじまいで、わからないところは前後の文脈から想像していました。聞こえる人たちに囲まれたろう者の人たちは、きっとこんな気持ちなんだろうなあ!Wi-Fiが使える部屋でしたが、全員がつなぐと弱くなりスカイプがうまくつながりません。1台のパソコンだけつないで、交代でコミュニケーションしました。
 
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各地域で共通していたのは、同じ地域の通訳者とコミュニケーションを取る、情報を共有し協働するといったことですが、課題は通訳者の養成ができていないこと、多くの島から成り立つ国ではろうコミュニティがないこと、手話の統一ができていないことなどでした。オセアニアからは、オーストラリアやニュージーランドなど手話通訳制度が進んだ国と、フィジーや他の制度の遅れた国が一堂に会して会議することの難しさが出されていました。アフリカからは、54カ国もある広大な地域なので東西南北と中央に地域を分け、それぞれに組織を立ち上げるという報告がありました。また、紛争地域での通訳活動の困難さや、言語の違いによる大変さも報告されました。法的な位置づけのなさや通訳報酬の取り決めがなく無報酬のところがあることなどもありますが、アフリカはどんどん発展しているという感じを受けました。トランスコーカシアは、まず各国のデータベースを更新することが課題として出されました。アジアでは各国の通訳状況についてアンケートを取っていることを話し、結果の一覧を見せると「とても参考になる」と喜ばれました。
 
 アジアからは、全体の報告に加えて1月のフィリピンとインドネシア視察の報告をしました。そして、全通研『研究誌』と全通研紹介パンフの英語版を配り、この8月に集約された5年ごとに行っている「雇用された手話通訳者の労働と健康についての実態調査」の結果についても報告しました。
 全通研としては、回答率が下がって70%になったことを課題ととらえていますが、イギリスのクリストファーは「70%はすごい!僕がやった時は、12%だった」。報告書を見せると、またまた感心していました。全通研の運動のすごさと認識の高さを、改めて感じました。
イザベルは「ベルギーの通訳者は女性95%で、男性が5%よ」。クリストファーは「イギリスも男女の割合は日本と同じ。なぜ女性がそんなに多いと思う?日本の通訳者の数は十分か?通訳者を増やすために、日本政府への働きかけはしている?」といろいろ質問してくるなど、日本の状況をとても興味をもって聞いてくれました。
 また、ジョゼは「この『研究誌』はとても面白い。毎回英語にして発信したほうがいい」。アンナからは海外の手話通訳者養成は大学が多いこともあり、日本式の養成制度への関心が寄せられました。私たちが行っている活動を、もっと世界に発信することが大事と思いますが、顔を合わせて話し合うからこそ内容が深まるのだとも思います。
 
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 2日目に、突然「国際ろう週間へのメッセージビデオを撮る」ということになりました。日本手話で構わないということなので、即席でシナリオを作り長崎さんと「掛け合い」をしました。フェイスブックにあげるということですが、どんな風になるのでしょう?興味がある人はWASLIのフェイスブック(https://www.facebook.com/wasli.official/)を覗いてみてください。
 
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 私は決して英語が流暢に話せるわけではありません。単語だけ並べるのもしょっちゅうです。でも、全員が通訳者なので、コミュニケーションという共通の「思い」を持っています。つまり、相手の言うことをきちんと聞く、自分の言いたいことを相手に伝わる方法で伝える、ということです。ですから、私の言いたいことが英語で見つからない時は、表情と日本手話をします。日本語も日本手話も知らない理事たちですが、不思議とみんな受け止めてくれます。英語で「こういうこと?」と返してくれたり、「そうだよね」と相づちを打ってくれたり。通訳者って、ほんとうにみんな素敵です。
 
 
【ヨーロッパ手話通訳者フォーラム(efsli)の総会とガラパーティー】
 9月9日9時半からefsliの総会があり、その後ヨーロッパ手話通訳者大会が開かれました。開会式にWASLI理事のメンバーとして出席。各国の代表者が紹介され、最後に「遠くから来た仲間」としてWASLIが紹介されました。みんなで手を振り、エールの交換です。総会の司会をろう者がしていたので、びっくりしました。
 
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 10日の夜は、ガラパーティーです。サマーフォーラムの交流会のような感じですが、日本のように主催者挨拶、乾杯の音頭、スピーチなどまったくありません。それぞれのテーブルで適当にワインを注ぎ、テーブルごとに乾杯して食事をします。バイキングだったので、ここは日本と同じようにみんな並んで順番にお料理を取りに行きました。いろんな人とおしゃべりを楽しみ、情報を交換しているうちにくじ引きが始まりました。最後は、資金調達のためのオークションです。お酒も入っているので、どんどんせり上げて小さなぬいぐるみが200ドルくらいで落札されて、みんなで拍手!実行委員メンバーによるグリークダンスが終わると、締めの挨拶もなく三々五々席を立ちます。ほんとうにいつ始まって、いつ終わったのかわからないのが欧米風です。
 
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【テレビ通訳】
 現地テレビ局の番組で、手話通訳がついているのを見つけました。それぞれ別のテレビ局ですが、ギリシャ語の放送は画面が大きく、アラビア語の放送は小さなワイプでした。残念ながら何を言っているのか、どんな手話なのかさっぱりわかりませんが、日本なら怒られそうなヘアスタイルの通訳者ですね。でも、とてもきれいな人でした。
 

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【ギリシャ・グルメと街並み】
 食事は、いつでもエネルギーの元!理事会でも昼食、夕食を一緒にとります。デブとイザベルはベジタリアンなので、野菜料理を注文。私たちはギリシャを代表する料理の「ムサカ」を頼みました。「ムサカ」はひき肉とナスやジャガイモを容器に重ね、ホワイトソースをかけて、最後に粉チーズを振りかけてオーブンで焼いたものです。日本人に馴染みやすい味でとてもおいしいのですが、量が…。私は3分の2しか食べられませんでした。
 ここでもWASLI理事の弱点が!それぞれ自分が食べた料理のお金を出したはずなのですが、なぜかテーブルにはお金が余ってしまって。この写真は、みんなで「おかしいよね」「私はちゃんと出したわよ」と言い合っているところです。夕食もお金が余って、結局WASLIに寄付するということで決着がつきました。日本では、ほぼあり得ないですよね。いつも「数字」で混乱するWASLIです。
 
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 お菓子もとてもおいしいです。ほとんどのスイーツはハチミツをたっぷり使っているので、それはそれは甘いのですが、イヤ味な甘さではないのでついついつまんでしまいます。日に日に成長するウエストとの闘いでした。
 
 私たちが宿泊していたホテルは、アテネの繁華街から2駅離れたオモニア地区です。落ち着いた雰囲気の地域で、怖い思いもまったくしませんでしたが、ギリシャの財政破綻の結果ともいえる状況を垣間見ました。ビルが並んでいるのですが、テナントが倒産したのか無人で荒廃したビルが多い!中を見ると、まがった鉄骨に崩れ落ちたコンクリートの破片が散らばっていて、ビルの表は落書きでいっぱいです。夜はその地域は街灯がないので、ビルの灯りで道路が明るいのです。空っぽのビルが立ち並ぶ通りは、夜は真っ暗闇。とても歩ける状況ではありません。人々はとても明るく、親切で、元気がいいのですが、道端には物乞いの人も目につきました。
 空港から中心部へのメトロの中も、突然音楽が聞こえてきたと思ったら、3,4歳くらいの子どもを先頭にお父さんらしき人がアコーディオンを弾きながら、列車の中を歩いてきます。子どもの手には半分に切り取ったペットボトル。中にはコインがいくつか入っていて、それをガチャガチャ鳴らしながら乗客からお金をもらっています。物乞いではなく、音楽を聞かせてお金をもらうのですから、労働と言えなくもないけれど…。小さい時からそんな親の手伝いをさせられている子どもたちの心は、どうなのかしらと考えてしまいました。
 
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【アクロポリス】
 ギリシャと言えば、アクロポリス神殿。どうしてもこれだけは見たいと思っていました。街を歩いていると、ビルの隙間から丘の上の遺跡が見えます。紀元前12世紀ころから人々がこの同じ道路を歩いていたのかと思うと、ワクワクしてきます。
 アテネは34度くらいあってとても暑いのですが、湿度が低いらしく木陰に入れば涼しく、そよ風でも吹いてくれれば極楽々々。でも、アクロポリスの丘はほとんど日影がなく、水分補給で大変でした。神殿はまだ修復中で中にクレーンが設置されていますが、柱の大きさには圧倒されます。運搬も人力でしたのでしょうが、どうやって運んだのかしらというような巨大な大理石がドドーンと立っています。
 彫刻や彫像などギリシャ全土からの出土品は、国立考古学博物館に収蔵されています。歴史の深さを感じ、見事な展示品に心奪われました。
 
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【2019年WASLIパリ大会】
 次のWASLI世界大会は、パリです。理事会でも、準備に向けての論議もしました。パリ中心部ではなく、少し郊外の交通の便がいいところで開催しようという話になっています。内容が決まりましたらみなさんにお知らせします。ぜひご一緒に!
 
(国際部長 梅本悦子)

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