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2015年12月28日 (月)

情報アクセシビリティフォーラムに行ってきました

2015年12月12日(土)~13日(日)、東京秋葉原において情報アクセシビリティフォーラムが開催されました。
 
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会場は「学ぶフロア(ワークショップ)」「学ぶフロア(カンファレンス)」「感じるフロア」に分かれ、ブース展示や講演会、
ワークショップなどが行われました。
 
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全通研は「感じるフロア」にブースを出し、理事や職員が交代で来場者へ全通研のアピール、
説明をしてきました。日本手話通訳士協会の隣だったこともあってか、全通研と通訳士協会の違いを
質問される聴覚障害者の方も多くいらっしゃいました。また、理事・職員が交代で他のフロア
にも参加してきました。
 
続いて、理事や職員それぞれが参加した学ぶフロアの感想をご報告します。
 
 
 
【学ぶフロア】『障害者スポーツのチャレンジ』12月12日15時30分~(青柳職員)
 
12日の15時30分からは、「学ぶフロア カンファレンス」にて『障害者スポーツのチャレンジ』
というテーマで記念講演、パネルディスカッションが行われました。
記念講演では公益社団法人日本障がい者スポーツ協会会長の及川力氏より、障がい者
スポーツ協会の歴史や現状の報告がありました。
 
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1964年のパラリンピック東京大会を契機に身体障がい者スポーツの普及・進行を図る
組織として、障がい者スポーツ協会が発足し、創立50周年を迎えています。
リハビリスポーツからレクリエーションスポーツ、競技スポーツと発展してきたが、障がい
者スポーツとしては、まだ裾の広がりと山の高さはまだまだ不十分な状況と報告されました。
 
また、日本パラリンピック協会会長も兼務している及川氏は、障がい者スポーツの認知度が
低い現状を変えていく必要があるとして、各競技の選手が企業や学校へ訪問などを行い、
試合に家族を連れてきてもらい観戦するという活動を行い、観客が例年の3,4倍増加した
との報告もありました。
 
スポーツは接してみることで価値がわかる、魅力がわかるので積極的に接してもらう場を作り、
障がい者の可能性を妨げているものを腐食できる社会にするためにもたくさんの人の認識を
変えてもらいたいと締めくくりました。
 
また、続いて行われたパネルディスカッションでは全日本ろうあ連盟のスポーツ委員会会長
太田氏をはじめ、オリンピック、パラリンピック、デフリンピックの選手が登壇し、それぞれの
思いをお話しされました。
日本パラリンピアンズ協会の会長の河合純一氏は、パラリンピックといいながら、ろう者が
参加できない現状の改善を検討していきたいとし、また、パラリンピックを2度開催する都市は
世界初ということで、日本が今後のパラリンピックの手本となるようにアクセシビリティ関係の
充実を目指しているとお話しされました。
 
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【学ぶフロア】
 「私たち当事者団体のチャレンジ」 12月12日(土)13:00~14:30(梅本理事)
 
 このカンファレンスは情報アクセシビリティをキーワードに、障害による困難やニーズの
共通点と相違点を理解しようという目的の学習です。
参加団体は全日本難聴者・中途失聴者団体連合会、日本盲人会連合、全国盲ろう者協会
で、それぞれの団体トップが壇上に勢ぞろいです。
  コーディネーターである全日ろう連の小中栄一副理事長から、「これらの団体が一堂に
会するのは歴史上はじめて」と挨拶。
続いて、石野理事長から基調報告の中でろう団体の活動報告がありました。
 
 全難聴の新谷友良理事長からは、「聞こえれば聞きたいという気持ちが強い。聞こえの
悩みは、心の悩みにつながる。社会モデルの考え方を入れながら、権利ベース(患者ベース)
で医療の世界を組みなおす必要がある」と話されました。
 盲人連合からは鈴木孝幸副会長から、選挙公報や議会だよりの点字版についての要望が出ていました。
「公示から投票まで日にちが短いため、点字広報が間に合わないというが、実施できている
自治体もある。やる気の問題」と、提起がありました。
 
  盲ろう協会からは、福島智理事が出席。通訳・介助者がいないと、家から一歩も出られない苦しみを改めて訴えました。
そして、広い意味のコミュニケーションとは、情報を分かち合えない人がそばにいることを
「イヤだ」と感じられるかどうかだと話されました。
 
マザー・テレサの「愛情の反対は、憎しみではなく無関心」という言葉を借りて、「共有する」
ことを感覚的にとらえることの大切さを感じました。
  私たちは、日常的にろう者とのつきあいだけになってしまっています。他の障害について
も知りたい、学ぶ必要があると思うのですが、実際に一歩踏み出すのはなかなかです。
このような機会がもっとあればいいし、地域でもそういった場を作る必要があると思いました。
 
 
【学ぶフロア】
「自治体のチャレンジ」12月13日(日) 12:30~14:30(荻島理事)
このカンファレンスでは、手話言語条例・情報コミュニケーション条例を制定した自治体の
各首長が成果と課題を議論しました。
講演:平井伸治氏(鳥取県県知事)
パネラー:田岡克介氏(北海道石狩市長)
泉 房穂氏(兵庫県明石市長)
品川萬里氏(福島県郡山市長)
浜田正利氏(北海道新得町長)
安田正義氏(兵庫県加東市長)
宮本泰介氏(千葉県習志野市長)
コーディネーター:長谷川芳弘(一般財団法人全日本ろうあ連盟副理事長)
 
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  会場に入り壇上を見た時、石狩市長の隣に高校生がいたことに「彼女は誰かしら?」
と思いながら始まるのを待ちました。
   まず、平井知事が鳥取県のPRをしながら条例作成までの流れを話されました。
   続いて石狩市長の話に。同行した職員の紹介をし、隣にいた高校生も紹介されました。
彼女は、鳥取県で行われた手話パフォーマンス甲子園の参加者であり、その経験を手話で
スピーチしました。場内の感動が伝わってきます。
   続く、明石市長もすべて手話で報告されました。スクリーンの画面からはみ出るような
大きな手話で体一杯の元気な手話にコーディネーターの長谷川氏が「ズンズンと響くような
手話表現」と笑顔でした。
  郡山市長は、手話言語法制定を求める意見書提出後に条例制定をしたが期日は2ケ月
であったと話され、憲法13条や、21条にも触れられた。
新得町長は少ない人口の中に200人のろう者がおり、子供の頃から手話があることが当然
のような環境で育ったと話されました。
   続いて加東市長に習志野市長からも地域の取り組みや動きについて報告がありました。
 
8年ほど前になるでしょうか、全国ろう高齢者大会が開催された地でのこと。
開催地の市長が全文手話での挨拶をした時、会場がどよめき感動の手と手で埋め尽くされたことがありました。
あの時、今日のような日が訪れることを想像したでしょうか。
この追い風がやむことなく全国に広がっていくことを期待したいと思います。
 
 
(文・写真 全通研理事 職員)
 

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2015年12月16日 (水)

高知支部 全通研がめざす手話通訳制度学習会

 12月13日高知支部で、全通研がめざす手話通訳制度学習会が開催されました。
この日は行事が重なり、他の理事さんが忙しく他に人がいないとのことで、なな・なんと…
私が行くことになりました。
 
 前日は、愛知支部名古屋班の学習会「医療と福祉」に呼んでいただきました。
打合せでは、他で話した内容でとの事でした。でも、せっかくならと頑張ったら、
ちょっと頑張りすぎて、講義時間を間違えたり(90分を120分に)、休憩時間をとらなかったり…。
参加のみなさんにはずいぶんとご迷惑をおかけしてしまいました。
反省しつつ高知に向かう私に、担当の方から「『あっという間だった』という参加者の声が多かった」との
メールをいただいて、ほっとしました。
ありがとうございました。m(_ _)m
 
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地下鉄名古屋駅の宝くじ売り場。今までに30億も… 当たったらどうしよう。
 
先を急いでの高知行きは、岡山からの電車や高速バスの乗り継ぎがイマイチで、
乗った特急南風も上りの列車が「車両かっそう(滑走?)」のため遅れているとかで、
離合待ちあわせで遅れて高知に着いたのは22時頃でした。
でも、ホームに降りたらアンパンマンが待っていてくれました。
高知駅はゴミ箱もアンパンマン。さすが「やなせたかし」ほっとさせてくれます。
 
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夜遅くにはなりましたが、高知支部長前田さん、副支部長の中平さんと食事をかねて学習会の打合せをしました。
 
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前田さんは、今は全通研理事を退任されていますが組織部の先輩です。
そして、研究誌に大人気連載中の「ぼんちゃんバンコクへ行く」の著者でもあります。
研究誌の中では緩い読み物ですが、実は研究誌に書けないもっと緩いネタも豊富にあるそうで、
打合せのあとは中平さんと前田さんの漫才のような会話を楽しませてもらいました。
 
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ひろめ市場で昼食、高知らしいものが食べたいとお願いすると、
ウツボ、チャンバラ貝、ドロメ、鯨の竜田揚げ、鰹のたたきのお茶漬けが出てきました 
どれもおいしかったですが、一番は、ドロメ(鰯の稚魚)でした。
ちりめんは食べますが、生は食べたことがなくて口当たりが良くおいしかったです。
 
 
研修会では、全通研がめざす手話通訳制度の説明をして1時間話して質問がないか
確認して休憩10分、ストレッチをしてもう30分説明をして質疑、後半は質疑をしながら、
これからの取り組み、通訳に関わらない一般の会員さんへ理解を広げる取り組みなど
話し合って16時に予定どおり終了です。(前日の反省を活かすことができました。)
 
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帰りは、高知支部の方お勧めの芋けんぴ、前田さんからお勧めの塩パンを買って
アンパンマン列車に乗って帰広です。
 
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名古屋のみなさんも高知のみなさんも、十分なことができないのに優しくしていただきました。
反省もありましたが、有意義な二日間になりました。
ありがとうございました。
 
 
(文・写真/全通研理事 小山秀樹)

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2015年12月11日 (金)

長野支部、新潟支部に行って来ました

12月5日に長野支部、その脚で新潟支部に行ってきました。
 
12月5日は長野支部が行っている「しなの塾」でお話をさせていただきました。
 
長野支部からは長野駅に11時45分に着くよう言われておりましたが、
私は北陸新幹線「かがやき」にまだ乗車した経験がありません。
無理をお願いして11時52分着「かがやき」に変更させてもらいました。
 
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しなの塾の会場は長野ろう学校です。ふんだんに木材を使用した建物でした。
支部の方の話では、県内産の木材を使用すると補助率が高くなるとのことです。
 
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本木支部長の挨拶で「しなの塾」は始まりました。
 
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私に与えられたテーマは「40年の活動の中で学んだこと」です。
 
長野で開催された第5回全国手話通訳者会議、
台風に見舞われた第14回全国手話通訳問題研究集会などを織り交ぜ、お話ししました。
 
終わるとすぐに本木支部長の車で長野駅に戻り、信濃の初冬の景色を撮り、新潟県長岡市に向かいました。
新幹線の車内から見る紅葉は美しい風景でした。
 
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長岡駅には支部長の五十嵐さんが車で迎えに来てくれていました。
 
外は暗く、強い風と雨でした。市街地を抜け、山の上の方に走っていきます。
狭い道が突然広くなり、変化に富んだ道です。
一瞬「逆走」しているのではないかと思ったくらいです。
 
宿舎に着きました、だいぶ遠い所へ来てしまったと感じましたが、聞いてみると明日の会場との事で安心しました。
 
食事後、健対部長が進行をつとめる役員さんとの「利き酒」大会がありました。
 
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私が当たったのは1種類だけ、しかし、さすが日本酒の本場、役員さんの中には3種類を当てた方もおりました。
美味しいお酒でしたが、明日のこともあるので「深酒」せずに早めに布団に入りました。
 
アクアーレ長岡で新潟県手話通訳問題研究会創立30周年の式典が行われました。
 
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五十嵐支部長のご挨拶、県ろうあ協会のご挨拶、また、たくさんの来賓の方や歴代支部長がお見えになっていました。
また、今回情報保障を担当する手話通訳者、要約筆記者は新潟県の広域派遣で配置が実現できたそうです。
 
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私の担当は「全通研と支部の関わり」、
中越地震の後、困難な条件を乗り越えて開催できた第38回全国手話通訳問題研究集会、
そして、「夜回り先生」で有名な水谷先生の記念講演等懐かしい思い出も話すことが出来ました。
 
また、話の中で「創立40周年記念誌」を紹介したところ、会場に用意した記念誌は完売されたとのことです、
皆さんに感謝、感謝です。
 
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参加者全員で記念写真を撮り、長谷川研究誌部長の車で長岡駅に戻りました。
駅前広場には打上筒が展示されています。長岡市の花火大会は全国的に有名です。
 
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この花火大会は昭和20年8月1日、1,486名の犠牲者を出した長岡大空襲を祈念し、
翌年より開催された「長岡復興祭」が起源と聞いています。
改めて「戦後70年」を考えました。
 
駅には「縄文 火焔土器」のレプリカが展示されています、歴史を感じながら、帰宅の途につきました。
 
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2つの支部の活動から新たな元気をもらいました。
 
それにしても全通研は女性のがんばりで支えられていることを痛感した二日間です。
 
 
(文・写真/全通研会長 石川芳郎)

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2015年12月 9日 (水)

今年も新宿駅頭で訴えてきました

12月3日は国際障害者デーです。
国際障害者デーは、1982(昭和57)年12月3日に、第37回国連総会において
「障害者に関する世界行動計画」が採択されたことを記念して、1992年に第47回国連総会で決定したものです。
 
日本では障害者基本法により、12月9日が「障害者の日」と規定されています。
しかし、障害者団体からは12月3日に統一すべきとの声もあり、現在は、12月3日から9日までを「障害者週間」として
様々な行事が組まれるようになっています。
 
「きょうされん」は12月3日を「がんばるデイ」として、
新宿駅頭で午前10時から午後4時までマラソンスピーチ(各団体がそれぞれの問題、課題を10分間ずつ訴える)や
駅頭署名の活動を行っています。
 
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全通研もここ数年間参加し、様々な問題を訴え、今年も参加してきました。
今年の全通研の出番は、午後0時40分から50分の10分間です。
新宿駅西口に着くと少しばかり雨が降っていました。
昨年同様、共同作業所に働く仲間が街頭署名をがんばっていました。
 
前日、職場の同僚と話をしていると「石川さん、街宣車に乗るんだ」と言われ、
街宣車では右翼というイメージが強いので、「宣伝カーに乗る」と説明しました。
 
 
私の今年の訴えは聴覚障害者問題よりも、「手話通訳者の問題」を強調しました。
劣悪な身分保障、劣悪な手話通訳制度、そして「全通研がめざす手話通訳制度」の概要を
宣伝カーから話すことが出来ました。
 
他の方々からも、「大変な現状、冷たい現実、しかし、未来に確信を持った」報告があり、
元気をもらうことが出来ました。
 
宣伝カーからの訴えが終わると、
宣伝カーからの声が聞こえない場所で署名活動に奮闘している仲間にも話して欲しいと頼まれ、
そこでも訴えることが出来ました。
 
「がんばるデイ」の手話通訳保障は、昨年以来「東京都の広域派遣」の利用が可能になりました。
会場でお会いした東京手話通訳等派遣センターの手話通訳者の方からは
「全通研が来るとは思わなかった」と言われました。
 
 
私は1つ失敗をしてしまいました。
全通研NOW !! に載せるためにカメラを持って行ったのですが、
前夜充電して準備したバッテリーを入れ忘れていました。
きょうされんの方にお願いして写してもらいました。今回の写真はきょうされんの提供です。
ありがとうございました。
 
 
 
(文・全通研会長 石川芳郎 / 写真・きょうされん)

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