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2014年11月 5日 (水)

高松裁判の傍聴と報告集会に参加して

高松市手話通訳市外派遣拒否裁判の和解に向けた裁判の傍聴及び、
記者会見、報告集会に出席しました。
 
 
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11:30に開廷、40名ほどが出席している中、裁判長が和解文書を読み上げ5分ほどで終了しました。
 
13:00からの記者会見は、13:30が終了予定でしたが、大幅に越え14:15まで記者の質問が続き、
マスコミ各社の関心の高さがうかがえました。
記者会見の質問では、「手話通訳派遣に関する裁判は全国で初めてなのか」
「法廷における情報保障は今後どうしようとしているか」など多岐に渡っていました。
 
 
14:25から報告集会がはじまりました。
石口弁護士から、10月初めに開いた日弁連の大会で、
障害者の権利条約をどう具体化するべきかを分科会の中で討議し、
障害者権利条約の完全実施を求める宣言を出したことが報告されました。
また、高松市には、「手話通訳派遣が全国のモデルになるような運用をしていきましょう」
と提案したと報告がありました。
 
 
池川さんは、
『2年8ヶ月を振り返り、手話通訳派遣要綱の改正に集中して取り組んできた。
今年の娘の卒業式での派遣は、高松市の費用負担ではなかった事が、後で市から知らされ
複雑な気持ちが今もあるが、要綱改正ができたのでよかった。
支えてくださった方々に心から感謝しています。』
と述べられました。
 
全日本ろうあ連盟の久松事務局長は、
『全国で初めての事例であり、今日は歴史的な日になった。
池川さんはじめ多くの支援者が歴史を作った。
また、派遣を「お願いする」ではなく、通訳を使うのは「当たり前のこと」と認識し、
活動を続けていきましょう。』
と話されました。
 
全通研からは森川が出席し、
『全通研は40周年を迎える組織であり、一貫して聴覚障害者の暮らしから社会問題を学び
ともに歩んできた団体である。
このたびの裁判は手話を学び活動する私たちにも大きな問題として提起され各地域でも
制度を考える機会となった。
第一回弁論の時に、池川さんが裁判長に向かって「裁判長、私の手話をみてください」と
言われたことはとても印象深く残っており、手話で生活しているろう者の「当たり前に通訳を」
という願いが伝わってきた。
今後は高松市が約束を違えず誠実に実行されるかを全国の仲間とみていきましょう。』
と話しました。
 
 
若林弁護士から、和解への経緯について説明がありました。
『高松市が要綱に基づき誠実に実行すると約束した。
私たちは、①裁判の取り下げる、②通訳費・慰謝料を取り下げる、③裁判費用は各自負担、と決めた。
一市民が行政を相手取って裁判を起こすことは、自分の氏名も公表しないといけないし
とても勇気のいることである。池川さんの頑張りのおかげで弁護団も頑張れた。
この裁判は、池川さんだけの裁判ではない、全国の情報保障が必要な方々の代表として
戦われたものだ。池川さんの頑張りに感謝したい。』
 
 
最後に池川さんから、
『若い人たちにも、自分たちには手話通訳が必要だともっと自覚してほしい。
これからも全日本ろうあ連盟や関係者の皆様と共に歩み歴史を作っていきたい。
全国のカンパなど応援してくださった皆様に感謝します。』
と結び、これからが新しいスタートであることを参加者全員で確認し、報告集会を終了しました。
 
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(森川美惠子 理事)

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