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2012年10月29日 (月)

市川前会長一周忌~2012.10.27

市川前会長が亡くなりもう一年になろうとしています。

本日(10/27)、市川前会長の一周忌の法要が市川さんのお宅の近くの上石神井霊園で行われました。

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ご主人の明臣さんのお話では、墓地の販売広告を見て、
「家族も、仲間も、いつでも気軽に来られるように」と生前「この場所がいい」と決められたそうです。

法要は家族、親族を中心に行われました。

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全通研からは近藤副会長、佐々木理事、そして私、石川が参加しました。

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明臣さんからは、京都での「全国ろうあ者大会」において市川前会長が顯彰されたこと、
地元東京支部による市川前会長が支部機関誌に連載した「視点」を編集した本の発行、
地元にお墓を作ったのでいつも生花が絶えない等の報告が家族、親族にありました。

市川前会長の眠る墓碑に刻まれていた戒名は「常月恵照信女」、
市川前会長の生き方を凝縮したものと感じました。

また、墓碑には「仲間」を表す手話が力強く掘られていました。

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同席した手話通訳者の話を聞くと、生ビールの形をした蝋燭もあげられていたこともあったようです。
確かに市川前会長は生ビールが好きでした。

派遣センター近くの居酒屋「黒潮」で、私が日本酒の「霞ヶ関」を飲むのと同じペースで

生ビールを注文していたことを思い出しました。

会場である「上石神井霊園」は一方通行もあり、なかなか現地に到着出来ませんでした。

狭い路に入り込み、困っていると前方からスマホを片手にした近藤副会長と出会いました。

私の車のナビも近藤副会長のスマホも「目的地に到着しました」との表示です。
しかし、その目的地はお寺さんの裏側です。

門から声をかけ、時間ぎりぎりなので、一人でも入れてほしいとお願いしましたが、
「鍵を持っていないので裏門は開けられません」という返事でした。

裏門越しに会場までの道筋を聞き、やっと時間までに到着しました。

祭壇に飾られている市川前会長は、「大変な時期だからこそ、全通研は頑張って」と
皆さんに語りかけているようでした。


(文責:一般社団法人全国手話通訳問題研究会会長 石川芳郎)

2012年10月24日 (水)

12/10/21 宮城支部特別講座

2011年3月に起こった東日本大震災。
全通研は、「東日本大震災聴覚障害者救援中央本部」の手話通訳担当として、
全国の手話通訳者等を被災地に派遣する調整業務を行いました。

今回、宮城支部からは、普段の全通研事務所の様子や仕事内容、
そして、震災時の手話通訳者等派遣調整についてのお話しを、とご依頼いただき
10月21日(日)に、宮城県柴田町にある「槻木生涯学習センター」へ行ってきました。

朝、伊丹空港から飛行機に乗り、仙台空港に着いたのが9:30頃。
宮澤支部長はじめ、支部の方々に車でお出迎えいただき会場までご一緒しました。
震災発生時、事務所のテレビで現地の様子を見ていましたが
仙台空港が津波に呑み込まれたのを目の当たりにしていましたので
完全復旧した仙台空港に到着したときは感慨深いものがありました。

講演会場に行く前に、閖上地区に連れて行っていただきました。
昨年8月にも訪れているのですが、
土台だけ残った土地に草が生えている様子は変わっていませんでした。
閖上地区は、この秋から区画整理事業が始まるそうです。


▼閖上地区(海岸線付近)の様子

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さて。講演前に、お昼ごはん。
震災前に閖上地区で営業していた店舗が集まり、仮設で営業を再開(閖上さいかい市場)したのですが
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この市場の「浜や」さんで、鮭はらこ丼をいただきました。

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食事のあと、会場に向かう間に、懐かしいホテルをいくつか発見しました。
それは、手話通訳者等の派遣調整の際に、
県外からの手話通訳者が宿泊したホテルです。
当時、現地で泊まれる施設に限りがあり、派遣が決定したにも関わらず
なかなか宿が見つからないこともあり、苦労をしたのでした。
(派遣先から車で2時間もかかるところに泊まる方もいらっしゃいました)



この日は、宮城支部の「特別手話講座2012」。
手話通訳の技術など手話に特化したことだけではなく、より幅広い内容を学ぼう
そして、年に1回、宮城のメンバーが一堂に会そう、という思いで
長年続けてこられている講座です。
2つの講演で構成されるのが通常のようですが
今回は、私の講演の後、「交流会:震災を語りあう」という企画がありました。

講演のテーマは「全通研事務所ってどんなところ ~毎日の仕事から震災対応まで~」。
前半は、自分が全通研事務所に就職したきっかけや、趣味の話も交えながら
全通研が行っている事業や、それぞれの部局の話、
就職してから4年間担当していた研究誌についてなどをお話ししました。

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後半は、震災時の手話通訳者等派遣調整について。
震災が起きてからの東日本大震災聴覚障害者救援中央本部の動きや
3月30日付けの厚生労働省事務連絡文書による手話通訳者等派遣調整業務、
被災地での派遣手話通訳者の業務、派遣調整を通じて見えてきた課題などについて
話をしました。


2011年度末に完成した「手話通訳等派遣調整マニュアル」や
2011年度・2012年度に被災3県で実施した「手話通訳者の健康相談」、
2012年度に独立行政法人福祉医療機構から助成を受けて実施している
「被災地における手話通訳者の養成講座」につながっていったことなどにも触れました。

皆さん、とても熱心に話を聞いてくださり
また今後、宮城県内で手話通訳者の設置などに向けて
どのように取り組んで行ったら良いか、など
講演後も意見を交わしました。

講演後は、ストレッチのあとに6つのグループに分かれて
交流会「震災を語り合う」がありました。
私も、グループの一つに混ぜていただきました。
今年度宮城支部では、震災記録集作成のためのプロジェクトが進められています。
宮城支部の会員お一人お一人にアンケートのお願いもされているそうですが
この場で生の声を聞きたい、とプロジェクト担当の方が記録を取りつつ
参加者の皆さんが自由に発言されていました。

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震災時を思い起こす時間ともなりましたが
参加された皆さんの表情が柔らかだったことが、印象的でした。

宮城支部の皆さま、参加された皆さま、お世話になりました。

(一般社団法人全国手話通訳問題研究会職員 矢口奈都子)

2012年10月23日 (火)

いこいの村祭り~2012.10.20

10月20日(土)、きれいな秋晴れの空の下、
「いこいの村創立30周年記念集会」が開催され参加しました。

いこいの村は京都府綾部市に1982年5月にろう重複を対象とした
重度身体障害者授産施設「栗の木寮」が開設され、
1986年には聴覚障害者の特別養護老人ホーム「梅の木寮」が増設されました。

コミュニケーション保障やろう重複障害に対応する専門性が認められた全国で初めての施設です。

私は大阪に住んでいるので、学習会や全通研活動を通して
「いこいの村」の話は聞いていましたが、お隣の京都とは言え
綾部は簡単に足を運べる場所ではなかったこともあり、
今回の30周年記念集会が初めての訪問となりました。

開会式はいこいの村のすぐ近くにある「るんびに学園」の
生徒さんによる太鼓演奏で賑やかに始まりました。

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いこいの村の運営主体である(社福)京都聴覚言語障害者福祉協会理事長、
高田英一さんのご挨拶では30年の活動や運営の重み、
地域の人と協力して自分たちの手で作り上げてこられたという誇りが感じられました。

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高田さんの左側(左から3人目)に後ろに座っておられる
法人理事の近藤さん(全通研副会長)のお顔、分かりますか?


壇上のみなさんも、客席の参加者もみんなが30周年を祝福している笑顔でいっぱいでした。

記念講演講師の安斉育郎さんは「安全・安心の地域づくり~原発のウソ、ホント~」をテーマに
原発の問題点や社会で誤解されていることなどを分かりやすく話され、
どんどん話に引き込まれていきました。

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詳しくお伝えしたいのですが長くなるので、一つだけ。

安斉さんが考える「水戸黄門症候群」とは?

日本人が大好きな時代劇、「遠山の金さん」「暴れん坊将軍」「水戸黄門」「必殺仕事人」は
どれも共通点があり、それはお上の役人が問題を解決してくれるところ。

一般市民が自分たちの問題を自分たちで考え、解決していく様子はドラマにはされません。

けれど、現実は自分たちの問題として一人ひとりがしっかりと考え、
協力して解決していくことが大切である、というお話でした。

これは心にズン!と響きました。
私たち全通研の活動にも通じるお話で、勇気をいただいたような気がします。

いこいの村の敷地内は広く、記念式典や後援会を行った特設会場以外にも
模擬店や展示がたくさん並び、あちこちで手話で語り合う人たちの笑顔が見られました。

最後に楽しかった出来事を一つ。

模擬店で自分の作った作品を詳しく説明してくれるおじいさん(もちろん、ろう者)と話が弾み、

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5分ほど色んなことを教えてもらい、「じゃあ帰ります」と私が言うと
「あんた、手話できるんか?」と聞かれました。

それまで私と手話でしゃべっていたのですが・・・。
おじいさんには「手話がまだまだの若造」に見えたんだと思います。

 

「はい、少しだけ。頑張ります!」とお返事して、いこいの村を後にしました。

大自然に囲まれたいこいの村で、たくさんの優しさと元気をもらいました。

ありがとうございました!
                                                              (理事 : 米野規子)
  

2012年10月10日 (水)

2012年度支部長会議開催

10月7日(日)~8日(月・祝)、全国手話研修センターで支部長会議が開催されました。

<1日目>
先ずは、近藤副会長より秋から来年度にかけての情勢報告及び各方面での主な動きについて、
伊藤事務局長より全通研が求める手話通訳事業のあり方について、それぞれの説明がありました。

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▲近藤副会長

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▲伊藤事務局長


次に、「全通研はこうあったら良いな!」ということで、
村石組織部長の司会で組織のあり方について議論し合いました。
会員拡大にツイッターを活用できないか、スマートフォンのアプリケーションを開発したらどうかなど、
ユニークな意見が出されました。

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▲会場内の座席は、支部長会議参加者同士の顔が見えるようにコの字型にしています



<2日目>

朝からお昼まで、①聴障団体との協働、②組織拡大と人材育成、③健康問題、④学習・事業活動と、
それぞれ分かれて課題別グループ討議を行いました。
各支部の現状報告や抱えている悩み等を、和やかな中にも真剣に討議が展開されていました。

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▲分散会の様子

この討議を経て、地元でのこれからの支部活動がさらに発展することを期待したいですね。


最後は、午前中の課題別グループ討議での討議内容について渡辺副会長から報告があり、
2日間の支部長会議を終えました。

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▲渡辺副会長

各支部から参加された皆さんは、晴れやかな表情でそれぞれ帰っていきました。
これから寒い時期に入っていきますが、健康には十分注意してお互いに頑張りましょう!


(全通研理事 若杉義光)

2012年10月 9日 (火)

全国手話研修センター後援会記念式典&祝賀会

2012年度全通研支部長会議の前段の時間に、研修センター講演会記念式典を行いました。
正式な報告や情報は事務局から皆様にお届けとなると思いますので、
私の方では雰囲気や様子をお届けしたいと思います。

10月7日、全国の各支部長、全日ろう連の方々、通訳士協会の方々、
京都の会員さんなど約200名が研修センター地下のスタジオに結集しました。

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▲開会挨拶(全日本ろうあ連盟・石野富志三郎理事長:ビデオで挨拶をされました)



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▲開会挨拶(全通研・石川芳郎会長)



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▲全国手話研修センター挨拶(全国手話研修センター・黒崎信幸理事長)




全通研理事会や各種会議で私は年に数回利用させてもらってはおりますが、
地方では「遠いし、利用することはない(少ない)から必要性を感じないんだよね」
という話になりがちです。
しかし、研修センターから全国で1番か2番目(イメージ)に遠い稚内の手話サークルや
ろう協の仲間にも研修センターの意義、存在については、時々京都土産と一緒に
様子を伝えていきたい、伝えていかねばと思ったところです。

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▲後援会会長となった、清田廣氏による挨拶




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▲松本晶行氏による記念講演




後援会という仕組みを作るとともに私たちが研修センターと支えていこうという気持ちで
どんどん話題にしていくことが、研修センターの意義や役割を大きく支えていくと思います。
「『ろうあ者の、手話に関わる人の城』だからこそ、私たちで研修センターを支えていこう」
という言葉を胸に刻みつつ、
この10年間で様々な事業が進められてきており、果たしている役割は大きなものであることを
今一度感じさせていただいた2時間でした。


そして夜に研修センター後援会結成記念祝賀会&支部長会議交流会が行われ、
こちらもスタジオがいっぱいになるほどの参加者とお祝いの料理と地ビール、お酒…。
私もテーブルが一緒になった静岡の方とお話しし、私が稚内から来たことを伝えると
「7月に利尻・礼文に行ったよ」とのお話も伺いました。
支部長会議の交流会とはまた違った雰囲気で
いつも以上のお酒も料理もおいしくて、ついつい飲みすぎたのは秘密です。
交流会のゲームを考え、準備してくださった四国ブロックの皆様ありがとうございます。
おかげ?でジャンケンの時に高田英一さんとしっかり握手をした田中でした。


(全通研理事 田中美佐保(北海道支部))

2012年10月 1日 (月)

「第35回きょうされん全国大会inふくい」

2012年9月29、30日の2日間、福井市で第35回きょうされん全国大会が開催され、
1,800人が参加しました。

29日にフェニックス・プラザで行われた開会式に参加し、
基調報告と記念講演を聞いてきました。
30日は、分科会や特別企画が予定されています。

福井駅でサンダーバードを降り、駅構内を見渡すと
案内プラカードを持った高校生たちがいました。

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教えてもらったえちぜん鉄道に乗り、会場の田原駅で降りたら、
また歓迎の高校生たち。

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フェニックスの彫像があるフェニックス・プラザでも
たくさんの青いキャップが目につきます。

今回の大会に、総勢700人を超える北陸高等学校と
仁愛女子高等学校の生徒たちがボランティアとして、
いろいろな場面で活躍していました。

若い彼女たちがこの大会を手伝い障害がある人たちと直接かかわることで、
障害とは何かを肌で感じたり、認識を深めてくれるといいなあと思いました。Photo_2

(写真 会場内でも…ブログに載せると言ってあります)

12時半からの開会式に先立って、仲間たちのオープニングの大合唱です。
るんびに保育園の子どもたちと一緒に、大きな声で生き生きとうたっていました。

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また、実行委員長のあいさつで、「この大会が決まって会場下見をした時、
バリアがいっぱいあることに気づいた。会館、福井市、福井県に要望し、
可動式のスロープと車いす用トイレを設置してもらった。
大会を開催することで、少しでも障害者が暮らしやすくなることを願っている」と
おっしゃっていました。

基調報告はきょうされんの藤井克徳常任理事です。
数字を出して、何の数字かを解説されました。

① 2倍…東日本大震災の被災3県での死亡率が、健常者と比べて
障害者は2倍でした。これは天災と人災が相まってもたらしたもの。

② プラス4年…今年7月30日に出された大阪地裁での判決です。
「アスペルガー症候群という障害の受け皿がない。
許される限り長期間刑務所に収容することが、社会秩序の維持にも資する」(判決文より抜粋)と、
社会的責任を障害者個人に負わせた判決。

③ 4.3%…結婚している、またはしたことがある障害者の率です。
一般人は男性80%、女性90%と言われる結婚。
人間として当たり前の暮らしの最後の砦のような気がします。

④ 98.9%…年収200万円以下のワーキングプアの障害者の率です。
これは障害基礎年金と賃金を合わせたもの。自立なんかできるはずもない。

⑤9.9%…生活保護受給率。
障害のない人は1.5%で、障害者は6倍以上です。

国連の障害者権利条約では、新しい権利は一言も書いていない。
障害がない一般市民との平等性だけをうたっているこの条約批准を念頭に置いた
新しい法律「ポスト自立支援法」は、結局中身を継続したものになってしまいました。

でも、藤井さんは「延長戦に入った」と言います。
あきらめない運動の大切さを改めて感じました。




記念講演は作曲家の池辺晋一郎さんです。
ご自身の生い立ちや、知的障害児の詩集との出会いから
人生観が変わったことなど話されました。

人間の価値を測る物差しは1つではない。
いろいろな面から複眼で見るということで、講演のテーマは「とんぼの眼のように」。

最後に、この日のために練習を重ねてきたという、
福井の各地から集まった合唱団による「フィンランディア」の合唱。
「未来を危うくするようなことに確かな目をもつことができるように」という祈りが込められています。

(全通研理事 梅本悦子)

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