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2012年9月28日 (金)

「世界手話通訳者協会2012年理事会」

9月12日から18日まで、オーストリアのウィーンで開かれた
世界手話通訳者協会(WASLI)の理事会に、国際部員の長崎さんと
2人で行ってきました。

世界会議が開かれる年は世界会議の前に、
それ以外は毎年世界のどこかで理事会を開いています。

13日と14日に行われた理事会の様子とウィーンの街並みをご紹介します。

12日の11時前に関空を出発し、フィンランドのヘルシンキまで10時間、
乗り換えてウィーンまで2時間半の旅。

30度を超える真夏の大阪から12度のウィーンに。
時差は7時間です。初めてのウィーンは、寒い雨でした。

経費節減と、電車と地下鉄を乗り継ぎましたが、
車内アナウンスが聞き取れない!ドイツ語と英語で言ってるはずなのに…。

駅の看板を確認しながら緊張しまくりでした。
やっと地下鉄の最寄り駅に降りたのですが、何と、出口が見つからないのです!!

プラットホームを往復しても、ない!
エレベータもエスカレータもない駅の長い階段を、
「ほんとうに出られるかしら」と心配しながら、
2人でスーツケースをかかえて上りました。

疲れた~~!ちなみに、電車のドアはすべて手動でした。

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 13日はお昼の12時から会議です。
ホテルの隣にある大衆食堂風のレストランで早めのランチを食べて、
会場まで徒歩で向かいました。

レストランの外見は大衆的だけど、中はシックで落ち着いていて、
地元の人が大勢食べに来て、素敵なひと時でした。

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テレビを見ていたら、手話通訳者が!! 

あっという間に終わってしまったので、
翌日も同じ時間に同じチャンネルを見たのですが、
通訳者は二度と現れませんでした。残念!

 会議会場は、WASLI会長のデブさんが宿泊しているホテルです。
最初は別のところに部屋を借りる予定でしたが、
部屋代のあまりの高さにホテルのレストランの一角を借りて、
一般の人が出入りするところでの会議となりました。

日本でも、打ち合わせ程度ならレストランでやることもありますが、
その日は6時半までそこで会議です。
考えられないですね。

 理事は、3役と8つの地域理事を合わせて12人です。
でも、仕事の都合や経済的な理由で、実際に集まれたのは
デブラ・ラッセル会長(カナダ)、スーザン・エマーソン(オーストラリア、会計)、セルマン・ホティ(コソボ、バルカン地域理事)、と
アジア地域理事の私の4人でした。

イゴール・ボンダレンコ(ウクライナ、ロシアコーカサス地域理事)は
これませんでしたが、インターネットを利用したスカイプで
会議に参加しました。

画像は届いたのですが音声が聞こえず、国際手話での発言になり、
デブとスーザンが英語で通訳してくれました。

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議題は、役員報告、会計報告、地域報告、メディアの活用、
WASLI7周年、2015年トルコ大会(開催地、大会主催者、テーマ、
基調講演、スケジュール、資金援助、大会資金調達、
各国代表者支援のための資金調達など)等です。

WASLIは公式な所在地がまだ決まっていません。
事務所を持っていないので、世界を網羅する組織の法的な枠組みを
探さなければならないという課題を抱えています。

また、会員拡大も大きな課題です。国会員と個人会員があるのですが、
年会費がなかなか振り込まれないので、会費支払いのお願いを
自動的に連絡するようなシステムにしようという話が出ていました。

2015年の世界会議はトルコで開かれます。
トルコには手話通訳者組織がないので、大会運営をどうするか、
これから問題が出てきそうです。

みなさんもトルコ会議に参加しませんか?

理事会をウィーンで開いたのは、ヨーロッパ手話通訳者フォーラム(efsli)の会議に
参加する理事がいるので、その会議に合わせたわけです。

14日の9時半から総会が開かれたのですが、
私たちは飛び入りで見学できることになりました。

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会場は歴史ある古い建物で、ロビーも重厚な雰囲気でした。
efsliは29カ国が加盟しています。
総会での議決は、色紙を挙げる方式でした。

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総会を途中で抜け出し、理事会の続きを11時から開始しました。
場所は、efsliが午後使うために予約していた部屋の片隅。
みんなが午後の準備をしているところで、
パソコンを膝に乗せての話し合いです。
これも人数が少ないからできるのですね。

でも、ちょっと悲しい。

この日は、次の理事会や毎月のオンライン会議の日程確認と、
世界ろう者連盟(WFD)とWASLIの共同活動について話し合いました。

自然災害委員会を共同で設立したり、国際手話通訳者の報酬についての
調査をしていきます。

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会議の最後に、けいわんについてみんなに聞きました。
カナダでは電話リレー通訳が始まってから急激にけいわんが増えたとか、
オーストラリアでは教育場面の通訳者に
けいわんが出てきたので複数体制にしたとか、
コソボのセルマンは自分自身が今とても痛いとか、
いろんな話が出てきました。通訳者の健康は世界共通の課題ですね。

 ランチも食べずに会議を続け、2時半にようやく終了! お腹、ペコペコ。

デブさんたちはefsliの会議に参加するというので、
私と長崎さんは食料を求めて街に出ました。

会場のすぐ近くにあるトラム(路面電車)の駅に、
おいしそうな屋台を見つけました。ソーセージがいっぱいならんでいます。
もちろん、食べました!
ケチャップとマスタードの両方頼んだら、こんなになってしまいました。

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 少しウィーンの街を歩いてみます。
高いビルがないし、古い建物をそのまま使用しているので、
街の色が茶系でとても落ち着いた感じです。

私たちが泊まったホテルは中心地にあり、便利なところでした。

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観光よりなにより、真っ先に飛び込んだのはドラッグストアー。

ヒートテックにブラウス、カーディガンに合コートを重ねても
寒さに耐えきれず(朝は7度です!)ストッキングを買い、
その日の夕方には2人とも暖かそうなコートを買いました。

1週間前はかなり暑かったようですが…。
それから、翌日の朝食材料の調達。ホテルは素泊まりなので、
スーパーでいろいろ買いこみ、朝食はずっと部屋で食べました。

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ホテルの近くにはオペラ座とシュテファン寺院があります。
寺院はロマネスクとゴシック様式が入り混じった荘厳な建物でした。

週末にはそこの広場でマーケットが開かれていました。
観光馬車もいっぱい止まっています。
古くからの石だたみがそのまま残っているので、
車いすの人は大変だろうなと思いましたが、実際には見かけませんでした。

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ウィーンといえば、ハプスブルグ家です。
マリア・テレジアが建設したシェーンブルン宮殿と
ホーフブルク王宮は絶対行きたいところ。

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シェーンブルンには世界最古の動物園がありますが、
時間がなくて行けませんでした。
王宮にはヨーゼフ1世の妻、エリーザベト皇后の部屋には体操室があり、
体形を保つための運動器具がありました。

美貌を保つための努力はすごいと感心。
ハプスブルグ家が所有する食器類が展示されていました。
民衆の犠牲の上に優雅な生活をしていた王族の生き方と、
すばらしい文化遺産の矛盾にちょっと複雑です。

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18日朝9時前、関空に着陸。

また夏服に着替えて、現実に戻りました。

             (国際部長・WASLIアジア理事 梅本悦子) 

2012年9月25日 (火)

なんと太っ腹な青森!!~健康学習会 2012.9.21-23

9月21日~23日の三日間、青森で「健康学習会」があるので
行ってきました。

松山⇒羽田⇒青森と乗り継ぎ、青森に到着です。

もう夕方だったので、ホテルの近くの和食のお店に行きました。
はらす丼とイカのバター炒めと、王林のサワー。満足満足。

 そして翌日、お昼までは時間があったのでウインドーショッピングをして、少し早目に昼食を摂ろうとお店を探しました。
そうだお寿司が食べたいと思い、大衆食堂のようなお店に入り、
板前さんのいるカウンターに座りました。

一番安い「寿司の並(1000円)」を注文して、待っていると、
突然目の前のカウンターに「これでも食べて待っててください」と、
新鮮なイカの寿司がきたのです。

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びっくりしながら、でも内心は「ヤッター!」と思いながら、
食べていると、注文した「並」がやってきました。

そしてそれを食べようとするやいなや、その寿司の上に「これ食べてみて」と
美味しそうなマグロの刺身。

「美味しい!」と言って、次食べようとすると、
また「このほたて旨いですよ」と、これまた甘くて絶品!! 

「甘くて美味しい!!」と言うと、またまた「これは大トロ」と、
こんな感じで次々と、私の目の前に、刺身や寿司が置かれていくのです。

とうとう私は「もう食べられないのでこの寿司を持って帰ります」という始末。当初頼んだ寿司は食べれず詰めてもらい、知人に差し上げました。

どうですか。驚きでしょ!! でも、私が払ったのは1000円のみです。

そんなことで、まだ驚いてはいけません。実はまだまだ続きがあるのです。

その店の帰り際に、「お土産を持ってお帰り、これは大間のマグロのかまだよ。
明日帰るなら、明日、朝5時にはいるからいつでも取りにおいで」

「いいえ、もう十分いただきましたから」とお伝えはしたのですが、
結局いただくことになり、送っていただくことになったのです。

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それも大間のマグロのかま部分だけではなく、
身のかたまりも入れてくれたのです。

思えばこの世に生を受けて55年、こんなことは初めてでした。

その板前さん(総料理長でした)に、
「今まで、お店に人にこんなに親切にしていただいたことはありません。
ありがとうございました」とお礼を言いました。
本当にびっくりです。

そんな目を真ん丸くする出来事があり、わくわく気分で研修会場に到着しました。

なんてたって恩返しできる一番の方法は、私を招いてくださった皆さんに、
一生懸命お話しすることですものね!!!

青森でのこの健康学習会は、今回で22回目となり、
とても歴史のある学習会なのです。

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そして、今回は、聴覚障害者協会と全通研の共催が実現し、
全通研の運営委員さんは、みなさん、とても喜んでおられました。

参加者は48名。内聴覚障害者の方は14名、
そして勤務として参加している設置通訳者は18名ほどおられ、
皆さんと一緒に「健康」について考える3時間となりました。

後でうかがうと、あまり会わない方々と一緒にストレッチをしたので、
親近感がわき良かったとも言われていました。体を動かすのはいいですね。

講義の内容は、①けいわんの基礎知識を模擬通訳等の実演を交えてお伝えし、
              ②ストレスについて、
              ③ストレスへの免疫力をつけるには、
              ④被災県の通訳者のお話。                    最後に
              ⑤ストレッチをして終了しました。

私も学ばせていただくことが多かった学習会でした。 

そして、学習会後に、交流会もしていただき感謝しています。

なんとそのお店が、本当に偶然ですが、
あの太っ腹な総料理長が務めるお店の支店だったのです。

交流会のときにサービスしていただいたことはいうまでもありません。。。。

ありがとうございました。

もう少しして、島の美味しいみかんができたら、
そのお店にお送りしようと思います。

なんとも、嬉しい驚きの連続の青森でした。

このような機会をいただいた青森支部の皆さんに
感謝します!!

                  (文: 森川美惠子健康対策部長)

2012年9月20日 (木)

被災地における手話通訳者の養成講座~2012.09.16-17

9月16~17日、全通研主催の
「被災地における手話通訳者の養成講座」が開講し、
東日本大震災の被災地(岩手、宮城、福島)で
第1回目のオリエンテーションが実施されました。

この講座は昨年の東日本大震災時の手話通訳や支援活動に携わった人を対象に、
手話通訳者に求められる相談援助技術や危機管理について学び、
被災した聴覚障害者への手話通訳や生活支援の力を高めていくことが目的です。

今までの全通研の学習方法にはなかった
「通信教育」方式と演習を併せて行う初めての試みでもあり、
受講生のみなさんに講座の目的や進め方を伝えるために
オリエンテーションを行いました。

主講師の宮澤典子さんと一緒に、この事業のスタッフとして
私(米野)が3県を周る計画ができたとき、
行程表を見てびっくりしました。

「2日間で岩手、宮城、福島を周るなんて。そんなことができるの?」と。

結果は・・・、できてしまいました!

スムーズな運営にご協力いただいた受講生のみなさんに本当に感謝です☆

 まず1日目は岩手から。

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9月の東北とは思えない暑さの中、参加された受講生は22人。
宮澤さんの開講の挨拶の後、事前の受講生アンケートから、
どんな支援活動を行ったか、何を課題に感じたかなどの概要を
私から説明させてもらいました。

そしてメインテーマ、通信教育の方法と講座の計画についての説明です。

宮澤さんの柔らかい口調と優しい笑顔で
「毎月、DVDが送られてくるので、内容の要約と自分の意見を
まとめて送ってくださいね。」と言われると、
不安はあるけどやってみよう!と思えてくるから不思議です。

一生懸命にメモを取り、レポートについての質問も出され、
参加者のみなさんの熱気が伝わってきました。

この講座の終了後、仙台へ移動し夜は宮城支部の方たちとの食事会に参加させていただきました。
おいしいお料理と楽しいおしゃべりにほっこりし、一日目は終了です。

 2日目の午前は仙台の会場。集まった参加者は47人。

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「久しぶりー!」「元気にしてる?」など、
あちこちで再会を喜ぶ声や近況報告なども聞かれるなか、
オリエンテーションは進んでいきました。

自己紹介の中では今年1月にオープンした
「みやぎ被災聴覚障害者情報支援センター(愛称:みみサポみやぎ)」の紹介もありました。

 宮城会場の終了時刻が12時で、次の福島県での開始時刻が14時からなので、
みなさんとの別れを惜しむ間もなく駅へと向かいます。

そんな時間との戦いにも負けられない!と
しっかり新幹線の中でエネルギーチャージ。

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鮭はらこめし弁当と、宮澤さんに「おやつにどうぞ」といただいた、
ずんだ餅のスイーツに心もお腹も満たされました。

福島県郡山市の会場に辿り着いたのは13時50分、
福島支部の役員さんが既に受付も会場準備もして
スタンバイして下さっていました。ありがとうございます!!

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参加者はなんと54人!ここでも参加者のみなさんの近況報告と、
講座を申し込んだ経緯などが自己紹介で語られ、
あらためて震災の爪後や日常生活での課題の重さが感じられました。

大阪で暮らしている私には普段、感じることのできない
切実な思いが伝わってきました。

3つの会場で共通して出されていた
「これからの自分に何ができるのかと考えてしまう」
「もっと何かできたのではないかと思う」などの声。

1年半が経過した今でも、厳しい現実の中でいろんな思いを胸に
この講座に申し込んでくださった受講生のみなさんの思いをしっかり受け止めて、
この講座スタッフに持ち帰ろうと思いました。

福島空港に飾られていたウルトラマン、
このウルトラマンの生みの親が福島県の出身だそうです。

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地球の平和を守るウルトラマンのような
熱い思いとパワーを持った通訳者が岩手、宮城、盛岡にはたくさんいるんだと実感した2日間でした。

 来年この講座を終了するころには、また各地のウルトラマン、
いえ、通訳者のみなさんにお会いできるのを楽しみにしています。

お世話になったみなさん、ありがとうございました!

これからもよろしくお願いします。
                    (米野 規子)

2012年9月13日 (木)

初上陸!! 秋田に行ってきました。

去る9月8日・9日と、秋田に行ってきました。

初上陸ということもあり、自宅を出る前からワクワクしていました。そして乗り込んだANAの新型787便。「これが新型か~」と色々触り試してみました。ただ、音楽を聴いたりする操作スペースとその文字が小さくて、高齢者にはちょっと残念かな。しばらくして、窓からの光が眩しくて閉めようとしたら、あれ??ない!! もしやこの窓の下にある、まぁ~るいマークが光調整かなと思い、触り暫くそれで遊べました。なんと何段階もの光の調節ができるので驚きました。これは優れものですね。
それともう一つ、松山―羽田間で、実は本当に不思議な光景を目にしたのです。

まぁ~るい虹を見たのです。と聞くと、ついに森川は幻覚が見えるようになってしまった!と、思われそうですが、本当に見たのです。飛行機は雲の間を飛行していました。眼下に、「あっ!虹だ!!」と思い、見ていたら、次の瞬間に雲のスクリーンの上に、まぁ~るい虹が見えたのです。本当に興奮しすぐに、誰かとこの興奮を共有したいと思いましたが、見知らぬ隣の人は寝ているし、残念!



そんな空の旅を満喫し、羽田⇒秋田と乗り継いでやっと秋田に着きました。出迎えてくださったのは、全通研秋田支部のお二人。12時過ぎということもあり、早速昼食となりました。名物の稲庭うどんに舌鼓を打ち、いざ観光へと連れて行ってくださいました。
 「姫となまはげと、どちらがいいですか」の問いに、「なまはげ」と答えたので、そのなまはげ伝承資料館に連れて行ってくださったのです。

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「なまはげ」というと私のイメージは、怖い・鬼・子どもの泣く叫ぶ声という感じで、できれば避けて通りたいかなとは思ったのですが、そこは怖いもん見たさの気持ちが勝ち、いざ伝承資料館へとGOということになったのでした。
なまはげは、神様のつかいで、12月31日に山から下りて来て、怠け者や言うことを聞かない子どもや嫁を、戒めるそうです。男鹿半島のみの風習で、その地域ごとのなまはげがいるそうですよ。私が感動をしたのは、家長がなまはげに対して、家長として家族を守り、なまはげの厳しい家族へのことばも、きちんと答え、また、もてなすということでした。

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核家族では味わえない光景だなと思いました。元々私は大家族が好きなのでそう思ったのかもしれませんね。
なまはげを十分に堪能してから、その後、寒風山⇒由利本荘のホテルへと向いました。


翌日は、私の本番です。朝一番で、温泉に入り、さっぱりとして学習会を担当しました。
テーマは「健康」についてです。33名の内ろう者が10名以上もおられ、熱心に「手話通訳者の健康」について、一緒に学んでいただきました。このように、ろう者の参加がたくさんあると、本当に嬉しいです。だって一番近くにいて一番一緒に活動する仲間に「頸肩腕」のこと、「手話通訳者の仕事」のことは、理解していただきたいですもんね。バンザイ!!

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健康でありたいと願うだけでは、健康でいることはできないですよね。繰り返しの学習と、仲間同志の検証・そして日々の実践が重要になってきます。
そしてそして何より仲間はいいな!!と、そんなことを改めて感じさせてくださった皆さんでした。ありがとうございました。

(文・写真/森川美惠子)

※2012年9月9日、全通研秋田支部へ講師として森川美惠子理事が派遣されました

2012年9月 5日 (水)

「内山さん労災裁判」報告会がありました~2012.9.2

9月2日、午後2時より埼玉県浦和合同庁舎で
「内山さん労災裁判」報告会が開催されました。

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時々激しい雨という天候が不安定な中で、沢山の支援者が集まりました。

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この集会に私も参加してきました。
冒頭、内山さん労災裁判を支援する会会長小出さんからの挨拶があり、
今は亡き河合さんのご遺志の紹介もありました。 


その後、全日本ろうあ連盟情報・コミュニケーション委員会副委員長吉原氏、
日本手話通訳士協会会長の小椋氏、全通研会長の石川の挨拶がありました。

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それぞれの挨拶の中で、この裁判闘争が本日の報告集会をもって終了するのではなく、
手話通訳制度を確立していくための新たな一歩の始まりであることが
共通して報告されていました。


挨拶終了後、田門弁護士より、この訴訟の意味を詳細に分かるような講演があり、
この訴訟を今後どのように生かしていかなければならないかという提起を受けました。


休憩後、新小岩わたなべクリニック相談係の斉藤さんからの
今回の判決についての報告がありました。


原告である内山さんからも挨拶がありました。

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内山さんは「最高裁の判決は登録手話通訳者の身分を労働者ではなく、
ボランティアと位置づけている。ボランティアで支えられるような必須事業で良いのか」という問題提起をされました。


さらに今回の裁判闘争について、「忘却とは最大の裏切り」という言葉を使い、
この裁判闘争が意味したものを忘れ去ることなく、語り続けてほしいという訴えがありました。

また、この裁判闘争は小冊子にまとめられ、全国に配信される予定との報告もありました。


嬉しい光景もありました。

この集会には地元埼玉だけではなく、神奈川、群馬の会員さんのお顔を見ることも出来ました。

そして、最大の嬉しいことは、

今回、頸肩腕診断を受けた内山さんの検診結果が手話通訳可との結果が出たそうです。


そして、内山さん自身、この間の裁判闘争や頸肩腕障害の問題について、
必要なら各地に出向いてご自身の経験をお話しする用意があるという決意を述べられました。

              (写真、文 : 一般社団法人全国手話通訳問題研究会会長  石川芳郎)

新潟支部講演会~2012.9.1-2

9月1,2日と、新潟支部主催の講演会で、長岡市に行ってきました。

京都から新幹線に乗り継いで約5時間です。新潟は、今回で3度目。

最初は高校時代の同級生と麒麟温泉に、2度目はもちろん全通研新潟集会です。

ここ長岡は、花火で全国的に有名ですね。次はぜったい花火を見るぞ!!!

1日夜は、支部運営委員さんが交流会を開いてくれました。

歴史を感じさせる、ちょっとひなびた鮨屋(今は居酒屋っぽいのだそうです)で、

名物の分厚いおあげやハタハタのフライ、もちろんお鮨など、

楽しくおいしくいただきました。

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鮨屋に行く途中のアーケードです。

正式には「雁木(がんぎ)」といって、雪が降っても歩けるように

商店街に作られた雪よけです。

昔は3mくらい、今でも1.5mは積もるそうです。

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駅前大通りに面して、立派な建物がありました。

「アオーレ」という市役所と市民交流センター、そしてアリーナなどの複合施設で、

新潟弁で「会おうね」という意味だそうです。

びっくりしたのは、市議会の議場が1階のガラス張りのところにあること。

普通は3階や4階など高いところに設置されていますね。道を歩く市民が、

議場のガラスにへばりついて見ているそうですよ。

国会もこういうふうにすればいいのに! 

道路中央には、火炎土器に植えられたかわいいお花が咲いていました。

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講演会は10時半からなのですが、9時にはみなさん集まって、準備が始まっていました。

「手話を学び 手話に学ぶ」をテーマに、

全通研国際部の活動や昨年7月に南アフリカで開催された

世界手話通訳者会議の報告と、私自身の手話とのかかわりなどを話しました。

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午前90分、午後2時間と長時間にもかかわらず、

40人くらいの支部会員さん、手話サークル会員さん、

ろうあ協会のみなさんなど集まってくださいました。

とくに、ろう者の方が13人も参加してくれたと、よろこんでいらっしゃいました。

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写真左:参加者のみなさんと  写真右:お昼休みにストレッチ)

全通研は、アジアの通訳者を支援しています。

講演のなかでみなさんにカンパを訴え、12,063円と

みなさんのあたたかい気持ちをいただきました。

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ほんとうにありがとうございました。
                               国際部長 梅本悦子

2012年9月 4日 (火)

8/31 情報・コミュニケーションシンポジウム(その2)

第2部は予定より30分遅れて15時10分から始まりました。第2部は「情報・コミュニケーション法の法整備に関するシンポジウム」でした。司会は、小中全日本ろうあ連盟副理事長が務めました。


最初に、「政策委員会と差別禁止部会の動き(報告)」と題して、藤井克徳氏(日本障害者協議会常務理事)から基調報告がありました。内容を箇条書きにしてまとめました。
・運動は簡単には結論が出ない。
・116万人の署名を集めるため頑張った。
・エネルギー不滅の法則がある。いったん発した自然エネルギーは形が変わるが、必ずどこかに結果として表れる。
・論拠、根拠は十分ある。障害者権利条約にも第2条、21条にしっかり方向性が書かれている。
・障害者基本法では理念、第1条、第2条、第3条3項に書かれている。ここも大きな根拠である。第22条にも書かれている。
・情報・コミュニケーション法も国際的な動向を踏まえての骨格提言である。
・世論をいかに作るかが鍵。運動の力である。運動とはまとまることである。2つの視点がある。1つは、聴覚障害者が先ずまとまる。当事者である聴覚障害者がまとまり、 次に障害者全体のまとまりが必要である。2つめは、ぶれないこと。確信を持つこと。もっと深めることをする。ぶれないことで確信となる。
・これまでの運動は、天気予報で例えれば、晴のち曇りである。ぱらぱらと雨が降ってきた。ただし、晴れ間が残っている。雲がとれるかもっと雲が広がるのかはこれからの私たちの運動にかかってくる。
・推進会議は我が意を得たり。政権交代があって推進会議があった。制度改革をマニフェストに書かせたことが勝利。推進会議は38回の会議が終わった。推進会議の進め方、構成が良かった。
・池上翔太郎の小説に「食卓の情景」という本がある。「何を食べるかより、誰と食べるか大事」とある。この国を誰が作るのか。
・推進会議では、当事者が過半数、支援の手厚さ(通訳者、色の板)、会議の実質化(当事者が中心)、情報公開があった。画期的なことであった。
・第一次意見 3年間で3つの法律を作りますと宣言した。大きな法律は3年連続で改正していくことはこれまでになかったこと。
・1つめは障害者基本法、総合福祉法、差別禁止法、これを閣議で決めた。
・障害者基本法の抜本改正は、8勝7敗で勝ち越した。第2条の定義が象徴的である。しっかり規定している。しかし、全障害者が入っていない。障害と社会的障壁により・・・と書いている。障害と社会的障壁とが入った。国連どおりではないが大きな前進である。
・第3条、第4条は基本原則である。3条は言語に手話が位置づけられた。情報の取得、または選択の拡大が図られること。確保と拡大をどう見ていくか。
・第32章の障害者政策委員会の設置、今までの中央障害者推進政策委員会と推進会議が合体した。
・一段目は基本法、二段目は総合支援法になってしまった。障害者総合支援法は、自立支援法のまま。介護保険法が背後にある。だから、晴のち曇りなのである。
・政策委員会は2つの仕事がある。1つ目に差別禁止法、9月末までに意見書としてまとめる。骨格提言での教訓がある。いったん出てしまうと薄まってしまう。
 2つめは、障害者基本計画づくり、10年間単位で終わる。2013年から長期計画を作ることになっている。年内には計画の概要をまとめる予定である。どのくらい盛り込むか。この計画で、この先5年、10年の予算も決まる。新しい障害者計画を注目していくことが必要。
・原案をまとめて意見を出す。政策委員会は、10月22日にから始まる小委員会に分か れてしまう。たった3回で終わる。石野さん、新谷さん、門川さん、福島さんが出ている。司法、就労分野は9月から会議が始まる。
・もう一度、晴を取り戻すためにもまとまることだ。ぶれないことも大事。

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「情報・コミュニケーション法をどう考えるか」について6団体からそれぞれ発表がありました。それぞれの概要を箇条書きにまとめました。

① 財団法人全日本ろうあ連盟 中橋道紀氏
・障害者総合支援法をどう見るのか。自立支援法と障害者総合支援法の違いは何か?コミュニケーションが変わり、意思疎通となった。手話では、思いを通じるとなる。  意思疎通に変わって良かったのか。意思疎通は一方的であり、限定され狭い。お互い の気持ちを共鳴し合い人間関係を構築することがコミュニケーションである。意思、感情が含まれる。
・政府の訳は意思疎通、長瀬・川島先生の訳はコミュニケーションである。生活支援まで含めた考え方。
・ろう者がコミュニケーションをとることはとても大事。
・手話通訳制度を考える。教育、司法、政治参加、労働の分野では、遅れている。職場での情報保障がきちんとされていない。朝礼に通訳が付かない。あとでメモをもらうだけ。会議でも通訳が付かない。知る権利が奪われている。
・職業安定所の手話協力員の制度はある。助成金である。限られた予算でやっている。
・手話言語法の制定のために活動をしている。障害者権利条約の中で手話は言語であると言われた。あらゆる場面で手話を自由に使い、豊かな文化の実現につなげたい。手話通訳の制度化も大事である。ろうあ者の権利を守ることと関係している。身分保障もしっかりしていきたい。
・食事、移動が人として生きることである。自己負担を課せることは差別である。暮らしていくためにも必要な情報、コミュニケーションは無料であるべき。

② 社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体連合会副理事長 川井節夫氏
・将来の行く末が見える頃、急に聞こえなくなった。 表情を見てわかる。何で怒っているのかわからないときはお手上げ。聴覚障害はこれなんだと初めて気付く。言葉に意思感情がのっかって相手に伝わっていく。
・言葉が大切だと言うことが痛切にわかった。パソコン要約筆記が必要である。
・放送関係は当然字幕をつけていく。全難聴の総会の時、被災3県が参加してくれた。生活情報が得られない。字幕がローカルテレビに付いていないと言っていた。
・映像と字幕を同時に送る装置がない。デジタルに代わったときに検討に入れてくれな かった。ローカルテレビに字幕を作っても送る装置がない。簡単に気がつくことも当 事者を入れなかったことで気がついてくれない。
・総務省に行って、2017年にはキー局には100%字幕が付くと言ってくれた。でも、 ローカルテレビは入らず。テレビ神奈川では手話付いている。でも、字幕は付いていない。
・横浜市の中失・難聴者の会のHPに要望書がアップされている。参考にされたし。
・政見放送では手話は付いている。字幕は衆議院比例区、参議院の小選挙区、知事選の3つのみ付く。
・ローカルテレビに字幕をつけて欲しいと要望して欲しい。
・さらに文字通訳が必要。生命線である。電話で不自由すると言うことはわかると思う。
欧米では、中間で文字通訳が付いている。電話も文字通訳をつけて使えるようにと言っているがまだダメである。
・見てもわからない障害である。

③ 社会福祉法人全国盲ろう者協会 庵悟氏
・私は弱視であり、難聴である。5円玉の穴を見るくらい。耳は補聴器をつけている。FM補聴器をつけて音声通訳を介して情報を得ている。
・盲ろう者は、独自の障害である。法的にも位置づけられていない。2万3千人いると 推定されているが、会で把握しているのは800人くらい。
・マスメディアの情報を自力では得られない。コミュニケーションは生命線である。一人で外出することが困難。
・3つの触手話、接近手話、要約筆記、指点字などがある。
 移動にも通訳介助員が必要。公的な場所での情報保障。役所、会議での情報保障を求める。その他、買い物、お喋りなどにも通訳介助員が必要。
・施策が遅れている。20年前に社会福祉法人に認定された。通訳介助者を養成したい。 派遣をしてきた。
・2000年からは国の施行事業として都道府県で少しずつ派遣が実施されるようになっ た。2009年度から派遣事業を始める。この課題は、枠が決まっている。言い換えれば予算が決まってしまうことになる。一人で使える時間が少ない。年間50時間のところ と、850時間のところがあり格差がある。
・養成する予算が少ない。通勤、通学の場面で派遣事業が使えない。質の高い介護者が 少ない。養成が必要。
・3つの支援。1つは通訳という側面。視覚障害者としてのガイドヘルパー、同行援助のような移動支援。全身性の障害者への介護的な側面の支援。
・これらを総合的に支援する体系が必要。パンフ、署名運動を通じて理解してもらえるようになったと聞いている。

④ 全国視覚障害者情報提供施設協会「情報アクセシリビリティ検討プロジェクト委員会委員長 野々村好三氏
・困っていることが5つある。
・医療機関で情報保障がされているのか。入院の案内、治療の方針を紙で渡される。健康に関わる情報保障がなされていない。
・銀行ではローンを組むとき、自分で文字を書くよう求められる。代筆の権利が求められる必要。
・電化製品の点字での説明がない。道路標識は弱視者には見にくい。目の高さに表示してほしい。色のコントラストがはっきりしていない。色を変えてほしい。
・情報機器を使うときに情報弱者にとっては、使いにくい現状がある。広告等が邪魔になり見づらい。
・緊急時の情報保障。ハザードマップの情報が得にくい。音声で説明されない。
・テレビが地デジになってしまいラジオをテレビで聞いていた人が聞けなくなった。テレビでラジオが聞けるものが開発されている。
・情報・コミュニケーション法は基本理念の中に、権利を有すると書かれている。社会の中で重要性が認識されることが大事である。
・当事者が参加する仕組みができることが大事。障害種別を超えて弱者が繋がっていく。排除されない社会を目指して皆さんと一緒に取り組みたい。

⑤ 全国失語症友の会連合会理事長 八島三男氏 全国失語症患者家族会 園田尚美氏
・失語症は、言語化と言語理解に障害がある。言いたいことはあるが言葉として出ない。話の内容を覚えていることもできない。
・名前や住所を書くのが難しい。長い文章は理解しにくい。仮名文字は時に理解しにくい。説明書等も長い文では理解でいない。
・話したり、聞いたり、読んだり、書いたりすることが困難。
・孤立しがち。ストレスが溜まる。
・麻痺がある人が多い。
・失語症者は30万人と言われているが、会としては推定52万人いると考える。個別に対応する必要がある。
・言語聴覚士の常駐が必要。
・コミュニケーション対応マニュアルを配置してほしい。
・研修事業の充実。

⑥ 全国知的障害者施設家族会連合会会長 由岐透氏
・障害がある無しに関係なく、読む、書く、話す、見る、聞くというコミュニケーションが欠かせない。
・コミュニケーションは双方向である。双方にプラスになるようにする。
・費用は全額国が負担する。現物給付とする。
・知的障害は重複障害者が多い。言語でコミュニケーションがとれない。親や兄弟、親しい人が代弁者となる。
・自分本人が言ったり書いたりできないことで、置いてきぼりになる。
・会話ができない。お金の計算ができない。重度と軽度見分けにくい。軽度と思われる障害者でも支援を多く必要とする場合がある。
・コミュニケーション手段の問題ではなく、どう理解し、どうしたいのかの意思表示が困難である。どう引き出すことができるのかを研究していくことが必要である。絵や写真で理解する方法が良い。言葉や文字でのコミュニケーションが難しい。国や地方公共団体が制度として、カード化して欲しいと訴えている。
・情報・コミュニケーション法を本人が理解していたら、運動に参加したいと思うだろう。


最後に、近藤副会長より、まとめが発表されました。
・コミュニケーションは避けて通れないもの。人間の権利である。
・双方向性である。人と人の関係である。人権に関わる基本的な問題である。
・情報・コミュニケーション保障の観点からは3つのモデルに分けて考えることができるのではないか。(北星学園大学の木下准教授が提唱している、手話通訳の供給モデルを参考)
1つめは、現在行われているコミュニケーション支援事業の枠組みとして、 福祉的な支援の視点で考える。
ここでは、情報リテラシーなど支援が必要な領域を含んでいる。例えば、難聴者であるが難聴者になるための支援。意思形成支援などの福祉的な支援が 深められなければならない。
2つめは、差別禁止モデルというもの。社会福祉分野以外分野でのコミュニケ ーション保障は脆弱である。現状は福祉でカバーしている。本来的に読む、書く、聞く、話すことは、福祉が全面的に見るものではない。
3つめは、通訳の領域では、個人の営業活動、宗教活動は馴染まないので派遣されていない。基本的人権の視点から見れば保障されるべきものである。
保障の方法については検討が必要である。
3つの観点を視座に持った、情報・コミュニケーション保障のためのシステムをどのように作っていくが今後の課題。
・そのために新しい法律を作っていく。当面は、障害者総合支援法、障害者基本法を武器にして法律を作り替えていく。中身を当面良くしていく。コーディネート業務を確立することで、矛盾点がはっきりしてくる。必要なポジションに必要な人を配置していく。継続して取り組める専門職員の配置をしていく。
・暮らしのニーズのデータがない。個別の体験は知っている。社会的に広めていくためには客観的なデータが必要である。科学的データをそろえていく。
・障害者基本法などさまざまな制度がある。字幕、放送通信、まちづくりなど関連法規についてできるところから要望を実現していく。

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そして、決意を込めて閉会の挨拶を田中日本手話通訳士協会事務局長が行いました。
・今日の学びを活かして更なる運動を進めます。コミュニケーション保障にとどまらず、全ての国民の福利に資するものであることを確認したい。成立するまで運動を続けていこう。


「このシンポジウムの参加者は、321人です。」と主催者から発表がありました。後ろを振り向くと確かに会場はたくさんの人たちで埋め尽くされていました。
その多くの参加者で「頑張ろう」三唱を元気よく行って解散となりました。
これから、障害者総合支援法は施行後3年を目処に見直すことになっています。この間の私たち団体がこれまで以上にまとまり、そして、世論を動かしていく運動が必要であると強く感じた集会でした。

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(報告/渡辺正夫:全通研理事)

8/31 情報・コミュニケーションシンポジウム(その1)

2012年8月31日(金)に衆議院第一議員会館の地下の大会議室で、「8・31 情報・コミュニケーションシンポジウム」が開催されました。
この集会に、全通研から石川会長、近藤副会長、伊藤理事、森川理事、戎理事、佐々木理事、浅井所長、矢口事務職員、渡辺が参加しました。
手話通訳の協力として、関東ブロックに呼びかけをして、東京支部から江原こう平さん、山本詩子さん、そして、神奈川支部から佐藤育子さんの3人が駆けつけてくれました。

10時から会場の準備が始まりました。財団法人全日本ろうあ連盟の東京事務所は総動員がかかったみたいで、職員がたくさん動いていました。全通研も浅井所長、矢口職員が汗を流して準備に奮闘しておりました。
12時から議員会館入り口には、シンポジウムの案内板を掲げて参加者を持ちました。まだ、この時間にはぼちぼちといった感じでしたが、12時半を過ぎると県ごとにまとまって集まってきました。

この集会は、聴覚障害者制度改革推進中央本部が主催して開かれました。本部に加盟している団体は、財団法人全日本ろうあ連盟、社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体連合会、社会福祉法人全国盲ろう者協会、一般社団法人全国手話通訳問題研究会、一般社団法人日本手話通訳士協会、特定非営利活動法人全国要約筆記問題研究会です。
本会の石川会長の司会で「障害者総合支援法で、コミュニケーション支援はどう変わるのか?情報・コミュニケーション法提言に幅広い障害者の要望を集めよう!」の集会が始まりました。
最初に、石田祝稔議員(公明党)から「共に頑張ろう」との挨拶がありました。時間の関係で、主催団体の挨拶の前にお話しをされました。

石野理事長から「たくさんの議員の参加の下に、骨格提言や基本合意を活かすため、障害者総合支援法をよりよいものにしていくために今日の集会が実り多くあってほしい。」との挨拶がありました。

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その後、次々と参加してくれました議員から挨拶がありました。
谷博行議員(民主党)、高木美智子議員(公明党)、山本博司議員(公明党)、小宮山泰子議員(国民の生活が第一)、金子恵美議員(民主党)、大島九州男議員(民主党)、三宅雪子議員(国民の生活が第一)の全部で8人の議員の挨拶がありました。
議員の挨拶で共通していたことは、「皆様の要望、意見をしっかり受けとめていく。情報・コミュニケーション法をぜひ成立していくことが必要である。一歩一歩ずつ進めば高い頂上にたどり着く。一気に目指すことはできない。チームワークで政策に活かしていきたい。」ということでした。


時間どおりに第1部が始まりました。「障害者総合支援法の意思疎通支援事業について」のテーマで3人の発表がありました。
最初に、「障害者総合支援法で何が変わったのか?」と題して、久松三二氏(財団法人全日本ろうあ連盟事務局長)から発表がありました。
久松氏は、障害者権利条約を基本にして、国内の法整備をしていくことが大事であることを述べておりました。特に、権利としてサービスを受けることになっていないことが、今の障害者を取り巻く環境が改善されない大きな原因であると強調されてお話しをされていました。
力強い手話表現の中に大勢の聴覚障害者の思いを込められているのだなと思いました。それがとても印象的に感じられました。

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2番目に「私たちはどういう事業を求めるか?」と題して高岡正氏(社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体連合会理事長)から発表がありました。
高岡氏は、難聴者や中途失聴者がいかに制度から追いやられているのかを淡々とした口調で述べてられていました。電話通訳や遠隔通訳が保障されていないことなどを例に挙げて、まだまだ未確立な状況にある日本の現状をあぶり出していました。


3番目に野々村好三氏(全国視覚障害者情報提供施設協会 情報アクセシビリティ検討プロジェクト委員長)に「私たちはどういう事業を求めるか?」について発表してもらいました。
「視覚障害者は30万人いる。聴覚障害者とほぼ同じ数である。」と冒頭でお話しがありました。多くの視覚障害者がいることを知らされました。
そして、視覚障害者は困難が2つあると述べられました。移動外出と情報摂取発信の不自由であるとのことでした。特に、移動するときは、目的地から目的地に単に行くだけではない。周りの風景を楽しむことを含むものであり、今どのような所を歩いているのかを自分で判断するための情報を保障してもらうことが重要である、と述べていたことが今でも頭の片隅に残っています。
また、配布される資料も点字で作成する必要であり、パワーポイントで説明されても十分理解できないし、写真を示されてもわからない。さらに、障害者自立支援法では代筆、代読は入っていなかったことが非常に残念であるともおっしゃっておりました。

~~~~~~~~続きは、次の記事で~~~~~~~~~

(報告/渡辺正夫:全通研理事)

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